ぼくが”子ども”に出会うまで(TRPGと僕)
呼吸ができない、身動きが取れない。
狭い、苦しい、寂しい。
一体、一体いつから、こうして僕は一人で息を潜めていたのだろうか。
ここは暗闇。何も見えない、何も感じ取ることもできない、そんな場所。
”子ども”の僕はずっと、そんな仄暗い闇の底で息を潜めて生きながらえていたのだと思う。
1、”子ども”が世界から消えたあの日
僕にとって、おはようはグーパンチで遊ぼうは飛び蹴りだった。
頭の中と実際に出てくる言動がちぐはぐだった僕は関わるたびに人を傷つけ、人を遠ざけてしまっていたのだと思う。
そう、頭の中のイメージは完璧だった。
頭の中では、「おはよう」って明るい表情で言って友達と笑い合えていた。
頭の中では、「一緒に遊ぼう」って無邪気に話しかけてボール遊びを仲良くできていた。
頭の中では、僕はそんな人の輪の中に入っていつも幸せに暮らしていた。
全ては頭の中の話。
そんなイメージが、実際に自分の身体が言うことを聞いてくれるわけもなく、どこかいつもちぐはぐに表現するしか僕にはできなかったのだと思う。
遊びたいのに、遊べない。
みんなと笑い合いたいのに、笑い合えない。
僕の願いは、その願いとは逆の形で現れ続けた。
願えば、その願いは叶わない。
いつしか僕は、そんな些細で純粋な願いを押し込むようになった。
そう、純粋で、ちょっといたづら心があって、お茶目で、寂しがり屋な”子ども”の僕はこの世界から一度、自らの手で姿を消した。
2、”子ども”の息ができた場所
その場所は宇宙だった、宇宙戦に乗った勇敢な戦士「犬蔵」は悪の帝王「熊助」を倒すために宇宙空間で戦いを繰り広げているのだった。
銃弾が飛び交う、仲間の飛行船が打ち倒されていく。そんな死地の中、「犬蔵」は「熊助」が乗り込む巨大戦艦にたどり着く。。。。
「犬蔵」は犬のぬいぐるみ、「熊助」も熊のぬいぐるみ。
銃弾はランニング用の鉛を分解したもので、宇宙戦艦は枕、地面はベットだった。
宇宙戦に乗り込んだ「犬蔵」はライトセーバーではなく、シャーペンを握りしめ、ガチャガチャの容器を波動弾に見立てて放ってくる「熊助」の猛攻をくぐり抜けていくのだった。
S県N市のとある一室。
そこは僕にとっては異世界を照らし出す、プラネタリウムのような場所だった。
ある時そこは宇宙空間だった。
ある時そこは未来都市だった。
ある時そこはマグマが煮え滾る火山だったし、
ある時そこは中世の城塞になった。
僕の願った世界がそこにはあった。
そしてその描き出された世界を冒険する仲間もそこにはいた。
「犬蔵」もいたし、「熊助」もいた。豆のぬいぐるみの「豆吉」もいたし、レゴの「ジョニー」もいた。
彼らと僕は数え切れないほどの冒険をしてきたのだ。
けれど、その空間はシンデレラの魔法が消えてなくなるように、いつかは終わる空間で。
目が覚めると、僕はいつも一人だった。
手にはボロボロになった人形が握られていた。
頭の中に広がる、僕の感性を表現する世界の中の僕は、その小さな箱庭の中でのみ呼吸をすることができていたのだと思う。
夢のような世界は、夢でしかなかったのだから。
3、”子ども”を忘れた頃
S県N市のとある一室。
ずっとい続けたその空間を飛び出した僕は、いつの間にか大学生になっていた。
唯一”子ども”が息をすることができたあの空間を離れた僕は、いつしか僕の中にいた”子ども”を忘れてしまったのだと思う。
大人になった僕は強くなった、強くなろうとした。
自分の考えを言葉にすることを覚えた。
人と会話をする方法を覚えた。
外を一人で歩く方法を覚えた。
何かを学ぶ方法を覚えた。
仕事をする方法を覚えた。
S県N市のとある一室の中でしか息をすることができなかった、あの頃と比べて、誰とでもどこでも何でもできるようになった僕は、息だけができなかった。
ずっとずっと、息苦しさがそこにはあったのだ。
本当に呼吸すべき何かがそこにいるはずなのに、その何かが呼吸ができていないような、そんな息苦しさをずっと僕は覚えていたのだった。
きっと、もっと強くなれば息ができるようになるはずだ。
そう信じて、もがいて、あがいて、必死に前の方に手を伸ばしても、いつまでたってもその息苦しさは拭えることがなかったのだ。
4、”子ども”に再び出会ったあの日
そのゲームと出会ったのはそんな息苦しさに限界を覚えた時だった。
TRPGと呼ばれるそのゲーム。
ソシャゲー、プレステ、VR。電子ゲームが発展したこの世界からみると、どこかアナログで未完成にも見えるそんなゲーム。
でも、僕にとってはそのゲームは僕の願いのすべてが詰まっているようにも思えた。
そのゲームはすべて、アナログで行われる。
必要なものは人とサイコロ、ただそれだけ。
ゲームの語り部役であるゲームマスターが口頭でその世界を描写する。
すると、その語りの内容によって、そこは宇宙空間にも、未来都市にも、火山にも、中世の城塞にもなった。
そして、その中を僕たちはその世界のキャラクターになって言葉を通して自由に馳け廻る。
「剣を握って振り被る」
と言葉でいえば、本当にその世界では剣を振り被ることができた。
「壁をよじ登る」
と言葉でいえば、本当に壁をよじ登ることができた。
そして、何より僕は、キャラクターになることで、そこでは”子ども”でいることができた。
ふざけたいと思った時にふざけることができた。
話したいと思ったことを話すことができた。
甘えたいと思ったら甘えることができた。
言葉によって僕たちは世界を創り出し、言葉によって自分を自在に動かし、自分の中に眠る感情・感性を表現することができた。
僕は自由だった。
そして何より、そんな空想の世界をその世界を冒険する仲間と共有することができた。
僕が森があると思っているその場所には他の人たちにも森は見えていた。
僕がそこに魔物がいると思えば、他の人たちにも魔物が見えていた。
かつて”子ども”だけだったあの頃よりも自由に、そしてS県N市のとある一室に一人でい続けたあの時と違って、僕は他者とともに本当の意味で自分の中の感情を表現しあえることができたのだと思えたのだった。
5、心の中に”子ども”が眠っているあなたへ
心の内にある、目には見えない感性。
繊細で、純粋なあなたはきっと、いろんな感覚をこの世界から受け取ることによっていろんな感性があなたの中には渦巻く。けれど、その内側に眠るその感性は外には現れない。
でも、でも確かに存在するその感性が心の奥底に渦巻き続けているのではないでしょうか。
あぁ、私の内側に眠るこの感性は、誰にも共有されえない、分かり合うことはできないって。そう嘆く日もきっとあったのではないでしょうか。
あなたの中に眠るその世界を、余すことなくこの世界に表現すること、他者と分かち合っていくこと、それは並大抵のことではない難しさをきっと持っている。持ってしまっている。
けれど、僕にとってその願いをこの世界に生み出したものがTRPGだったように。きっと、そうきっと、その感性を解きはなてる何かはきっとあると僕は思う、信じている。
そして、何より、あなたの感性を安心して解き放つことができる、そんな場所を創り出す。
そんな想いをこの場に表現して、この物語を一旦閉じようと思う。
いつか、あなたと世界を共有し、表現しあえる時を願って。
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