『幸眠』
「海がお好きなんですか?」初めて声をかけた。
「娘がね、海で泳いでいるから、見守ってるの」
この広い介護施設の中で、窓辺が彼女の定位置。
食事以外は、車椅子でこの場所へ来て過ごす。
誰とも話さない。無表情で海だけを眺めている。
寒い冬の海。もちろん、人なんて見当たらない。
そういえば、彼女には会いに来る人もいない。
過去の記憶の中で、生きているのだろうか?
今日も窓辺にいる彼女。目を瞑り微笑んでいる。
幸せな夢なのだろう。それが最期の顔だった。
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