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【父と絵本】その① こどものとも『プンク マインチャ』を考える——なんで消し炭がしゃべるんだ!

今日はお父さんと読む絵本として、2回に分けて『プンク マインチャ』をご紹介したいと思います。
もちろんお父さんだけでなく、どなたにもお勧めできる、秋野亥左牟氏の作画が、強烈な印象を残す作品。
永く語り継がれてきたネパールの民話をもとに、大塚勇三氏の再話によって生まれたこの物語は、迫力のある画風とともに、一度読んだら忘れられない奥深さを秘めています。


まず要約を

プンク マインチャは継母に意地悪されている女の子です。
継母は食事をほんの少ししかくれません。仕事はみんなプンクにいいつけます。

悲しい気持ちで牧場にヤギを連れ出すプンクを助けるのが、ヤギのドーン・チョーレチャです。
ドーン・チョーレチャは、狐の頭とヤギの頭を並びもつ不思議な生き物で、プンクにパンとスープを出して慰めます。

ところが。
ヤギの援助を知った継母が、ヤギを殺して皆で食べてしまおうといいだします。
プンクは泣きますが、ヤギは諭します。プンク、おまえはわたしの肉を食べてはいけない、あとで骨を集め、牧場へ埋めておくれ。

プンクがそっと骨を埋めた翌日、そこに、饅頭のなる大きな木が生えました。
プンクは木にのぼりお腹を満たしますが、運の悪いことに鬼の目にとまり、つかまってしまうのです。

今度こそ絶体絶命です。
山奥の洞穴に閉じ込められたプンク。ネズミがやってきて、パンをくれればいいことを教えてやると言いますが、どれだけ与えてもなかなか教えてくれません。

この絶望の状況下で、どうやってプンクは危機を脱するのか?小さなネズミの助力などでは到底打開できないように思われます。

ですが、いく切れものパンの後、ついにネズミは、
けしずみを使え、
とプンクに指南するのです。

けしずみ﹅﹅﹅﹅を?

さあ、この南アジアの民話、『プンク マインチャ』の記事ですが、今回はこれまでとは趣向を変え、対話劇という「寄り道」をしたのちに、考えを展開させます。


(以下の対話劇はフィクションです。記載された内容は、実在する人物・団体・事件、実際の固有名詞や現実の現象などとは一切関係ありません)

場面1

2005年初秋、イタリア共和国、カンパーニュ州S県、深い森の奥の館。

ラウェイと若者が、心を平かに保つために使う、実存の物品について語り合っている。若者は首を振る。
「いいえ、葉巻は使わない、彼女とのやりとりを思い出してしまうので、別のものを」

確かにあの香りはもはや、彼らの間では、エレナの印象に覆われている。ラウェイは問う。

「何を使ってる?」
「そのときどきで……おもに冬は暖炉かな。季節が暖かくなれば、その消燠けしおきを」
「……」
「自分にぴったりなんだ、あなたのいう通り、僕はせっかちなんで」

南イタリア、初秋。まだこの館の暖炉に火は入っていない。ラウェイは、広間の暖炉をじっと見つめる。あまり使われていないに違いない。若者の別宅は、小綺麗できちんとしすぎており、日々の暮らしの温かみに欠ける。

若者は消燠、すなわち消し炭について話を継ぐ。

「陽炎がゆらぎたち、すぐに火がおこる……世の中はいつも、一触即発だ。特に、こうした場に身を置いている僕らのような人間には」「あのなんでもない灰色、なんの変哲もない消し炭に、その反応のしやすさ、不安定が隠れている。身につまされるよ」

「確かに。消し炭の火の熾り易さには理由がある」

「あれを見ていると、暖炉の炎の照り返しとその熱を思い出す。そして静かな熾火も。それが、良いんだ。まだ、ある」

若者は続ける。

「消し炭はときおり互いに囁き合う。なぜだかご存知ですか?」
「……」
「暖炉の前で語られた物語をすべて、密かに取り込んでいる。さまざまな言の葉を、周囲の物音や、空気の動きと共に。

少し湿らせてやると、それらをつぶやくんだ……無作為に」

「やがて音の断片は
言葉の意味を失い、文脈を失い、言語としての統制を喪失する。
それらは自然音に限りなく近づいてゆき、仕舞いには川のせせらぎのように響く。

僕はそれへ耳を傾けるんだ。無心になれるよ」

場面2

後日。季節もうつろい、すっかり底冷えするようになった晩秋、ローマ、20時。
ネアロポリスの若者の素性を追うフリージャーナリストの青年と研究者ラウェイの対話。ラウェイは自分よりひとまわりも年下と見られるジャーナリストの軽薄に、非常に腹を立てている。

「善良な一般市民を脅しつけてまでネタを獲ろうというのか。あの若造の肩を持つ気はないが、君たちのやり方には時々腹を据えかねる」
「あなたがあの若者に協力しているとは思いませんよ」
「当然だ、馬鹿馬鹿しい、だいたいあの若造が何者なのかなど、こっちの知ったことじゃない」
「過去の経緯があって近づいたのでは?彼が、あなたの家の事件を知った上で関係を持っているのだとすればそれは」
「関係ない。過去の事情など話していない。こちらの本名すら伝えてない、ただの顔見知りだ。君を別宅へ案内して、間を取り持てるような関係じゃない」

が、2、3ヶ月後、ラウェイは人を介して偶然、ジャーナリストの誰にも明かさない真意を知る。これがきっかけとなって、場所を教えるだけであれば。と、彼を館へ案内する。ラウェイには、ネアロポリスの若者が別宅を利用する日取りに心当たりがある。

場面3

カンパーニュ州S県、復活祭の後の週末、長い冬を終えいのち華やぐ喜びの季節。
迷路のような深い森を入り込んだその場所に、21時、ラウェイとジャーナリスト。

やはりだ!館にあかりが灯っている。建物に近づき確信を得る。人の気配。歓談のざわめき。館の周りに見張りの立っている様子はない。気の張らない集まりなのだろうか。

「なんてラッキーなんだ……!」
「とんでもない、これ以上近づいたら命がないと思った方がいい」
「あなたはどうぞお帰りください、あとは僕の領分です。なんとしても招待客らの顔ぶれを確かめる……あの若者は、誰にもその真の姿を知られていない。不法捜査が何度も行われていますが、表向きは真っ白、活動拠点のひとつと言われるこの別宅も、噂が飛び交うばかりで、誰にも場所を知られていなかった。どうぞご心配なさらず。あなたから聞いたとは絶対に言いませんのでね」
「この命知らずめ」
ジャーナリストは笑う。「そっくりそのまま、あなたにお返ししますよ。何が目的だったか知りませんがね。あの若者が足繁くローマに通っていたことを、僕は知っているんです」
(その相手は俺じゃない)
ラウェイは、そう心の内で呟くが黙っている。

場面4

森から引き返し、S県S市市街地、同日21時半。
ラウェイは帰途の途中バールへ立ち寄り、一息でカフェを口に含む、聖女の祭りの日、通りも店も予想以上にごった返していたが、夜も更けて、街並みはすっかり落ち着きを取り戻している。そんな中、見知らぬ土地の喫茶の集い場は、外来者には居心地悪い。詰まるところ物珍しげに声をかけられたくないのだ。すぐに立ち去るつもりだったが空腹と疲労があった。食べ物も少し、と、何かを頼もうとしてラウェイは肩を掴まれる。見ると先ほどのジャーナリスト。服が乱れ、髪の毛が頬に、額に張り付いている。

「いないんです!」
「いない?」
「誰も」
「?、気配があったじゃないか」
「それが、もぬけのカラなんで」
「???、どういうことだ?」
「一緒に戻ってもらえませんか?なんだか訳がわからないので、あなたにきて欲しいんです。狐につままれたとは、まさにこのことだ……。きちんとお礼をしますので、もう一度」

場面5

彼らはもう一度繰り返す。同じだ。迷路のような森を彷徨うように走り抜け、森の奥の館へ向かう。この迷子になりそうな道のりを、ラウェイは厳つい車で躊躇なくハンドルを切ってゆく、後ろから小さな車で追走するジャーナリスト。館からかなり離れた距離をとって車を置き、二人はそれぞれに車から降り、館に近づく。

同じだ。
外から感じ取れる確かな人の気配がある、人々のざわめき。夜はまだ冷え込む春、窓に近づくと中から暖気が漏れてくる。22時。

窓に近づくと。
ラウェイが気づく。生暖かい空気の理由だ。
窓のクレセント鍵の右側のガラスが、ガラス切りを使用して円形に切り取られているのだ。鍵はもう外されていて、ジャーナリストは窓枠に手をかけ開けようとしている。ラウェイは驚く。

「入る気か?」
「なんだってしますよ。警察無線だって傍受してるんです」
「違法行為だ」
「あなただって、いろいろしているのでは?」ジャーナリストは心持ち顎を上げて、生まれてこの方、こんな愚かな質問はされたことがない、という顔をする。「どのみちもう手遅れですよ、さっきすでに一度、中に入ったんで」

場面6

その直後、館内。

(なぜ……!?)

明らかな人の気配、歓談のざわめき。それらがたったひと足、窓を乗り越え、館の中に踏み入れた途端に掻き消えてしまう。あまりもの静けさに、ラウェイは呆然とする。電灯色のあたたかな光、人々の熱気と暖気、饗宴に供される食べ物の香り、衣摺れの音、ワインとカクテルと食後のカフェ、煙草と葉巻と花の香り。薪の破ぜる音、食器が重ねられ、フォークとナイフがふれあう賑やか。そして人々が纏うさまざまな芳香。何もかも、どれもこれもふつりと絶たれてしまう。一寸先も見えない闇の中。彼らは、車から館までの道のりに使った懐中電灯を点灯させる。

(クリスマス・プレゼントだ)
(良い子にはおもちゃを、悪い子には消し炭を)
(ほうきに乗ったベファーナが)(1月6日にやってきて)

(悪い子には消し炭を置いてゆく)

(僕が裏で何をしているのか知っているね。ほぅら、僕にはぴったりじゃないか)

ラウェイは広間に立ち尽くしている。暖炉の火は消えており、しかも全く暖気を感じない。
火が落とされてだいぶ経つか、もしくは、今季、使われていない。前の年の消し炭だけが、ひっそりと置かれて。

「俺は、2002年の秋、ひどい肺炎にやられたんだ……」

ジャーナリストの青年の、何を突然?という顔。

「今思うと……診断はつかなかったが新種のコロナウイルスだったんじゃないかと思う、SARSのハシリだ、南アジアで。ウルバニの要請を散々に受けたWHOが、慌ててアラートを出したのはもっと後だったけれど、すでにところどころに飛び火していたんだろう 注1

ラウェイは順を追って語る。

「それをきっかけに葉巻をやめた……すんでのところで死ぬところだった」
「何の話ですか?」
「話は、ここからだ、そこで消し炭が口を聞く民話を」
「民話?」
「ネパールの民話だ」

床に散らばる消し炭。

「退院間際、自分の生業なりわいを説明して、院内を見学させてもらったんだが……地方の中核病院だったんで、設備や感染対策がどんな様子か興味があって。そしたら小児病棟の一角に子どものための図書コーナーがあって……」

民話は民俗学だけではなく、疫学にも通じている。
古くからその土地に伝わる物語に紛れて、風土病の歴史的な記述があったり、病を断ちにくい事情と考えられる土着の風習が記録されていたりする。

「もう疫学は離れていたんだけど、つい習い性ならいしょうで、一緒に入院してた通訳に頼んで、有名どころをいくつか紹介してもらった。子どものための、昔話の中身を」

あのとき、あの若者の様子。なにもかもを見透かしたかのような。

「どこかで、どこかで聞いた話だと思ったんだ、唾を吐いて消し炭を置いておくと、自分の代わりに返事をする。主人公を取って喰おうと帰ってきた鬼は、玄関戸口の向こう側ですっかり騙されて……」

プンクはネズミの教えに従って。唾を吐き、その上に消し炭を置く、戸口をきっちりしめて逃げる、間も無く鬼が帰ってくる、プンクはいないが消し炭はいる、声をかけるとプンクの代わりに返事をする、水の分子に押し出され、多孔質に閉じ込められていた言の葉コトノハが。

すると、との そばの けしずみが「はい、はい!」と、へんじしました。そこで
おには まっていましたが、とは あきません。おにが また プンクの なを よぶと、また「はい、はい!」という こえがするだけで、とは ちっとも あきません。
 とうとう、おにたちは、とを やぶって、なかに はいりました。

大塚勇三(再話). 秋野亥左牟(画). プンク マインチャ. 福音館書店, 1968, 18p.

 
「鬼はすっかり騙されましたよ。全室くまなく探したが、もぬけの殻だ……誰もいない」
ラウェイは苦々しげに言った。
「祭りのパーティーを毎年ここでやってるなんてウソだ。もう近隣をあたっても無駄だろう。この館は使い捨てだ。奴らはとうの昔にここを引き払って、何処か他所の土地の豪邸で高笑いだ」

「声は……声は……全部消し炭のざわめきだった、ということですか」

「あのクソ野郎、俺たちは揶揄からかわれた。あいつはわざと、消し炭の話をしたんだ、俺が答え合わせをできるように」

ラウェイは床に撒かれた消し炭をざっと足で払い除ける。

「俺が、この館に誰かを連れて来てしまうと分かっていやがったな」



対話劇はここまで。つづきは、その②『プンクマインチャ』を考える、へ!
解説と舞台裏になります。



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