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「原爆の日」と「原子力」の現状
「原子力」というと、原子力発電所とか原子爆弾をイメージするだろう。
今回は「原爆の日」に合わせて、そんな「原子力」について紹介したい。
少し長くなりますが、覚悟してお付き合いいただけると幸いです m(_ _)m
「高校生からわかる原子力」
本の感想から。
原子力については、「あのアインシュタインも関係していたし、上手く使えば夢のエネルギーだ」なんて思い込んでいた。
しかしこの本を読んで、実情はそんなに甘いものではないことがよくわかった。
〈読書後の感想〉
「原発の廃棄物なんて太陽に捨てればいいじゃん」なんて軽く考えつつ、原子力の可能性に大きな期待をしていた。
しかし肝心な原子力についての知識が欠けていたので、「本で勉強するか」と探してみると、入門に最もふさわしい本書に出会った。
目 次
第 1 講 爆弾に使われた原子力
第 2 講 世界で最初の原爆投下
第 3 講 核開発競争始まる
第 4 講 原子力の平和利用へ
第 5 講 日本は原発を導入した
第 6 講 日本も核保有を検討した
第 7 講 拡散する核の脅威
第 8 講 原発事故と反対運動
第 9 講 悪戦苦闘の核燃料リサイクル
第10講 原発に未来はあるのか?
という講義で、原爆と原発の歴史を中心に、原子力の実情をわかりやすく解説。
その結果、読者に原子力の取り扱いついて、今後ありかたを投げかけたもの。
読んでみて、原爆と原発の仕組みである「核分裂」や原爆の構造といった基礎知識から、原子力の歴史、福島とチェルノブイリ以外の事故についてなど、得ることが多く、それによって考えも変化した。
第3講より
原爆と水爆の違い
太陽は水素が核融合することで高温と光を発しています。
この原理を使い、地球上でも再現しようというものです。
1952年11月1日、初の水爆実験が行われました。
場所は、太平洋にあるサンゴ礁で囲まれたエルゲラブ島です。
爆発した水爆は、広島型原爆の一千倍の威力でした。
水素爆弾と原子爆弾の違いなんてよく知らなったが、こんな違いがあるとは。
核実験が「ゴジラ」を生んだ
繰り返された核実験は、日本独自の映画を生み出すことになります。
それが「ゴジラ」です。
この作品がなぜ、これほど国民の心を揺さぶったのか。
南太平洋の海底から、執拗に日本だけを目指してやってくるゴジラは、「核の落とし子」であり、また太平洋戦争の死者たちの悲しみが隠されているという解釈もあります。
確かに、核実験が頻繁に行われていた時代に上映したのだから、観る側にとっては今以上にリアリティがあり、そりゃ恐ろしかっただろう(当時の総人口の一割が観たという)。
少し話がそれるが、この解釈を「シン・ゴジラ」に当てはめると、映画の最後で日本に核廃棄物的に残存したゴジラの死体は、現在における、原子力に対する日本の中途半端の姿勢に、一石を投じる意味があったのかもしれない。
第6講より
日本の核兵器保有について
2009年3月、野党からの質問主意書に対して。
これに対する麻生内閣の答弁書は、次のようなものでした。
「我が国には固有の自衛権があり、自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法第九条第二項のよっても禁止されているわけではない。
したがって、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、それを保有することは、必ずしも憲法の禁止するところではない。」
ということは、逆に言えば、「政策上の方針」として核兵器保有を打ち出し、原子力基本法を改定し、核拡散防止条約から脱退すれば、核兵器を持てることを意味します。
もちろんそれは現実的ではありませんが、日本政府としては、「核兵器を持てないわけではない。
持たない方針があるから持ってないだけだよ」という立場を維持しておきたいのでしょう。
日本の核武装は、長い目で見ればアメリカに対する脅威にもなりえます。
それを防ぐため、アメリカは、日本に「核の傘」を提供している側面があるのです。
日本周辺では、ロシアと中国が核兵器を持ち、北朝鮮も核兵器を保有するに至りました。
今後、これらの国との関係が緊張したり、軍事的小競り合いが発生したりしたとき、日本国内では、「核保有」をめぐる議論が起きてくることも考えられるでしょう。
そのとき、私たちは、どう考えればいいのか。
これが、「被爆国でありながら核の傘の下に入っている日本」の私たちが考えなければならない課題なのです。
この本の出版当時は、まだロシアのウクライナ侵攻は起きていない。
しかし、昨年の12月、岸田総理より軍事力強化(防衛費という名目)のための増税について説明があった。
まさに現在の情勢に当てはまる課題だ。
今後の動きに目が離せない。
第8講より
チェルノブイリはウクライナにあった
チェルノブイリはソ連時代のウクライナ共和国、現在のウクライナにある地名で、首都キエフの北およそ100キロに位置しています。
事故後の対応もお粗末なものでした。放射性物質によって周辺の牧草は汚染されましたが、この牧草を食べた乳牛に対する規制はなく、子どもたちは、汚染された牛乳を飲み続けます。
ソ連崩壊後に独利したウクライナでは、子どもたちの間で甲状腺ガンが多発しました。
チェルノブイリは知っていたが、現在戦争が起きているウクライナのキエフ(現在はウクライナ語のキーウが一般的)の、こんな近くにあるばかりか、過去にそんなことがあったとは。
第9講より
ずさんな放射性廃棄物の処理
これをどのように処理するのか。
原子力発電所の建設を開始する時点で、大量の放射性廃棄物が出てくることはわかっていました。
建設開始時点では、その解決策は見つかっていませんでしたが、「やがて解決策が見つかるであろう」と見切り発車しました。
良く言えば人類の英知に期待して、悪く言えば無責任に運転を開始してしまったのです。
いま原子力発電の歴史の長い国は、どこも放射性廃棄物の処理に頭を抱えています。
各地の原発から持ち込まれる使用済み核燃料の貯蔵施設が六ケ所村にありますが、全体で3000トンに対して、すでに2800トンあまり貯蔵されています。
まもなく満杯の見通しです。
問題は、まだまだあります。
再処理で出てくる高レベル放射線廃棄物の落ち着き先である最終処分場の場所が、まだ決まってないのです。
噂には聞いていたが、こんなにひどいとは。
素人の見解だが、ムダに作ったミサイルを流用して、太陽に捨てられないもんかと思ってしまう。
第10講より
今後の発電事情
これだけの事故(福島第一原発)が起きた後では、いったん運転を停止した原発を再稼働することは困難です。
そうこうしているうちに、日本中の原発は、次々に止まってしまいました。
「脱原発」か「反原発」か、などと言っているうちに、自動的に「脱原発」になってしまったのです。
この本によると理論的には、太陽光発電・風力発電・地熱発電を活かせば原発を使用しなくてもまかなえるらしいが、まだ問題は多数とのこと。
将来に期待。
読む前は軽く考えていたので、「原子力はクリーンエネルギーなので、将来は放射性廃棄物を出さないで、主力としてやっていける」などと甘い考えを持っていた。
ところがふたを開けてみると、その扱いがあまりにもずさんで、読み終えた後は「脱原発」の考えに賛成する方向に。
いかに「原子力」について知らなかったか実感した。
さすが池上 彰。
わかりやすくて視野が広がった。
高校生でなくても一読の価値あり。
人に薦められる良書です。
「原爆の日」と「原子力」の現状
この本を読み終えると、原子力の現状わかってくる。
日本は、「被爆国」として世界に核兵器廃絶をアピールすべきだ。
国民もそう思っている。
しかし現在は頓挫しているようだが、日本は一時期、原発の技術輸出に重点を置いていたようだ。
本にあったが、「原子力発電の原理は、基本的に核兵器と同じ」である。
もっとも、あくまで平和利用ための輸出なので、核兵器の拡散にはあてはまらないが、真の平和利用という点では、「被爆国」としてリードする方向に疑問を感じる。
個人的には可能性の面で、核兵器は廃絶しても原子力の研究自体は止めるべきではないと思っている。
しかし、現状は夢のエネルギーどころか、「無理やり使用し、その処分を未来に丸投げしている」状態だ。
この事実があまり表に出ないとは、我々の勉強不足もあるが、「政府の情報操作」と言っても否めない。
もっと兵器としての利用以外に、世界的に情報を共有する方法はないのか!
だが現実は、ウクライナと戦争しているロシアが核兵器の使用をちらつかせているのだから救いようがない。
また最近は、福島第一原発の汚染水放出にも動きがあった。
かなりの根回しがあったようで、世界的に実現可能なレベルで進んでいるが、諸外国(特に中国)との今後のやり取りがカギを握るだろう。
今年は広島でサミットまで行われ、核兵器廃絶において、日本は世界的に大きなPRに成功したと言える。
今こそ、毎年行われる、広島・長崎の平和式典での「平和宣言」を無駄にせず、堅い話になるが、国民一人ひとりの知識を広げる必要性を感じざるを得ない。
「被爆国」の日本人だからこそ、より正しい判断を下し、世界に言えることがあるのではないか。
私も含めて、もっと多くの人が自覚すべきである。
この投稿が、そのきっかけになればと強く願う!!
最後まで、ありがとうございます <(_ _)>