コクゾウムシ
美香子は緊張していた。結婚して初めてのお盆。関西にある義実家への帰省中である。幸運なことに、義母は人当たりのいい、やさしい人だ。
「こんなきれいな、料理も上手な子が晃司と一緒になってくれるなんてねえ~」
人参の皮を剝きながら、美香子に微笑む。美香子も、牛肉を切りながら応じる。
「ありがとうございます、でも、まだまだわからないことだらけですの。これから色々教えてくださいね」
今日はみんなの大好きなカレーだ。
「お義母さま、お米は何合炊けばよろしいでしょうか?」
「そうやねえ、明日の朝の分もあるから・・・十合全部炊いとこか」
美香子は、あらかじめ教えられていた米びつの入っている引き出しを開けた。義実家の田で採れた米だ。美香子は米びつのブリキの缶の蓋を開けた。升は、何十年と使いこまれ、黒ずみ、縁がでこぼこになっている。民俗博物館に展示されているような木升である。触れるのをためらったが、
「ものを大事にされるお家柄なのね」
そう考えることにし、美香子は木升で米を炊飯釜に移した。
米を洗おうとしたそのとき――
「・・・??」
米の表面に、何かが動いている。目を近づけてよく見ると、白い小さな芋虫だった。
「ひっいいいいい~」
美香子は腰が抜け、床にへたり込んでしまった。
「ああ、コクゾウムシの幼虫やね。とんがらし入れても慣れてしもうて効かへんねわ。大丈夫や、私が取ってあげるから」
義母が幼虫を選りだして、三角コーナーへ放り込んでゆく。
「お、お義母さま、そういう問題では・・・」
震える声で抗議する。が、義母は気にも留めない。楽しそうに虫を探している。叫び声を聞いて晃司が台所にやってきた。
「あー、コクゾウムシか。俺も最初は気持ち悪くて嫌やったけど、慣れてしもたわ」
「ちょっとくらい虫が入っても大丈夫や。タンパク質がとれるで。なあっ」
ふたりで顔を見合わせて笑っている。美香子は恐る恐る尋ねた。
「あの、もしかして、送って下さっていたお米も・・・」
「ああ、ちゃんと虫取ってから荷造りしてるから、心配せんとき。農家ってみんなこうやで※」
(いやっ、絶対にいやっ)
その夜、美香子はどうしてもごはんが食べられず、失礼だとは思ったがカレー汁だけを食べた。そしてこの夜が、離婚へと発展するのであった。
※みんなこうでは無いです。