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夢十夜|夏目漱石

洗濯物を干すときのBGMとして、一時期青空文庫の朗読を聴いていた。
ヘビロテTOP3に夢十夜の第一夜。
10分しない長さが干し終わるのにちょうどよく、朝の空気感にもいい。

数年前から近所の土手に、真っ白い百合がにょきにょきと咲くようになった。
今年は我が家の庭木のかげにも、いつのまにかスッとたたずむ一輪。
そのうつむいている純白の蕾の先が開きはじめた。
「夢十夜だ……」

物語の世界と自分の世界がただ一点で繋がる瞬間。
ピントが合う瞬間。
なんて儚くて強烈なのだろう。

フィクションの小説はなんの役に立つのかという問いで、今のところ私がこれぞと思っている答えは「人生の落とし穴を知る」。
誰がどこで発言したものかさっぱり覚えていないのだが、一番腹落ちした。

そういう役に立つ立たないの外側にある、一輪の百合が咲く瞬間がドラマチックに見えるようになった視点に出会うと、いいもの読んだなあとしみじみする。

この百合は「夢十夜」と名付けて、花を落とすまで毎日愛でた。

石の下からはすに自分の方へ向いて青い茎が伸びてきた。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺ぐ茎の頂に、こころもち首をかたぶけていた細長い一輪の蕾が、ふっくらとはなびらを開いた。真白まっしろな百合が鼻の先で骨にこたえるほど匂った。そこへはるかの上から、ぽたりと露が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴る、白い花弁はなびら接吻せっぷんした。

夢十夜 第一夜

少し開いた蕾は、接吻したくなる形をしている。

青空文庫の朗読でおすすめは宮沢賢治。
ドッテテドッテテドッテテドの『月夜のでんしんばしら』、かぷかぷ笑うクラムボン『やまなし』など。
文章を読むのとは違うリズムのおもしろさを味わえてとても楽しい。

同じく声に出して読むのが気持ちいい中原中也は、詩が短すぎて洗濯物を干すにはちょっと向かない。