いつかたこぶねになる日|小津夜景【文庫】
単行本のお話はこちら。
いったん暗唱してしまえば、本がなくてもいっこうに困らない。
無人島になにを持っていくか、というよくある質問をうけたら。
『いつかたこぶねになる日』の文庫版をリュックに入れよう。
とても薄いので隙間に押し込める。
宮沢賢治の『春と修羅 序』は暗唱できるようにしよう。
好きで好きでたまらない冒頭の一節を、なにもない砂浜で満天の星に体を開いて、そっとつぶやけるように。
歌ならいつでもどこにいても歌える。
今の私が形作られているはじめの一歩は、コロナ禍の台所で夕飯を作る手をとめて聴きいった、発売日当日に届いたアルバムのこの曲だった。
この歌詞に出会って、こんな文章をもっと読みたいと、文学作品を手当たりしだいに漁るようになる。
ミステリー派の私の細胞ががらっと変わった瞬間。
情景描写に心を奪われるきっかけになった大切な歌。
おもえば、和楽器バンドと漢詩を吟ずる詩吟とは、切っても切り離せない関係。
『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』に目が留まったのも、必然だったのだ。
情景描写は日常を切り取った写真のひとコマ。
〝極小の詩句はスナップショット〟と小津夜景さんの他の著書に書かれていた。
そのスナップショットの中に、昔出会った風景をみつけたとき、どうやら私は心が震えるようだ。