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「結婚生活に必要なものは」と、ある映画の劇中で尋ねられた既婚者が、シニカルに答える。 忍耐。 妻もぼくも、激しい違和感を抱く。(ほとんどブーイングの心境である) ぼくらの答えは一致している。 会話。 これである。 忍耐も5番手くらいには必要だろうけれど、初手であるわけがない。 逆に、いのいちばんに忍耐をしてまで続けたいと思う結婚とはいったい何なのだろう。(世間体や、子どもや、経済事由か) 知り合いの夫婦に、結婚生活の秘訣を訊ねることがある。 ある人は、喧嘩しても
妻のみみさんのポートレート写真を撮りに、近所の公園へ出かけた。 コンサートのプロフィール写真用の、いわゆるアー写(アーティスト写真)だ。 本来ならば、プロカメラマンに依頼してスタジオで撮影するものだけれど、最近は屋外でスナップのように撮られたものも珍しくなく、比較的自由な形式でいいという話になったので、試しにぼくが撮ってみようかと思い立った。 ぼくはもちろん、プロカメラマンではないので技術的な裏付けはない。 機材はミラーレスカメラとパンケーキレンズだけで、レフ板もライティ
あれ?息が苦しい。 妻がそう言うなり、あれよあれよという間に喘息めいた発作が広がり、彼女は食卓にうずくまった。肩で息をしながら、ゼイゼイと気管を鳴らしている。 時刻は、午後11時。 しばらく様子を見ていたものの、刻一刻と事態は悪化しているように思えた。 インターネットで急性喘息時の処置を調べるも「薬を服用すること」と書かれているばかりで、その薬を持ち合わせていない我が家では打つ手が見当たらない。 温かい飲み物を飲んでゆっくりと腹式呼吸をするように、と気休めめいた応急措置が書
ビアガーデン開催中というチラシを偶然見かけて赴いた百貨店の屋上は、ほとんど真っ暗闇だった。 ところどころに置かれた円卓に客はまばらで、夜景が見えるでもなく、ビアガーデンといえば電球の列が吊り下がって鬱陶しいほどの酔客で賑わう画を想像していたので、さすがに戸惑った。 よくよく目を凝らせば、奥のほうのテントを張った一角で静かにビアガーデンは執り行われているようだった。 しかし考えてみれば、台風直撃と報道されていた当日であり、(結果的に台風の進路は首都圏からは逸れたものの)昼すぎ
ぼくら夫婦は毎日、便通の回数の共有している。 これはだいぶ奇特なことかもしれない。 (便通を直接呼称するのは気が引けるので、「うーさんがきた」「Wooo-san comes」と言い合っている) 便通に留まらず、ぼくの血圧や、妻の生理も把握している。 そこに恥じらいや衒いの類いはなく、今日の天気を確認するのと変わらない調子で報告し合い、確認し合う。 これは健康のバロメータだからだ。 その情報を元手に、食材や献立を考える。(食物繊維を増やしたり、腸内環境を整えたり、肉食を減ら
入籍して1ヶ月が経った。 結婚指輪も結婚式もなく、すでに同居もしていたので、入籍を境に日常生活が変わったという意識はあまりない。(妻のほうは姓が変わったので、変更手続に追われて申し訳なく感じている) 結婚してよかったことは、話し相手が家にいることだ。これが一番だと感じる。 ぼくらはよく話し合う夫婦だと思う。仕事後に毎夜5時間くらいは話しているような気もする。 ぼくは妻の話をもっと聞きたい。(根掘り葉掘り詮索したいわけではなく、本人が話してみたいと思うことを気の向くままに話し
この週末は雨つづきだった。 妻の旧居に行き、ジモティーの大型家具の受け渡しを済ませ、残りのこまごまとした家財をぼくの新居に持っていくか廃棄に回すかを分別していたとき、妻といくらかの意見の相違が生じた。 ぼくは、彼女が大事にしてきたであろう家財を捨てるのは忍びないので「全部持っていくといいよ」と言っていたのだけど、妻はもっとドライに「本当に使うの?どこに置くの?邪魔になるだけでしょ?」と極力廃棄に回そうとしていた。押し問答がつづき、妻の一歩も引かないような頑迷さに業を煮やし、
目を覚ますと、隣りで妻が落ちこんでいた。 悪夢を見たの、と言う。「車泥棒のカップルを引きずり降ろしたけど、猫パンチしか打ち出せなくて」と敗戦後のボクサーの記者会見のような悲愴感を漂わせている。「でも車は奪われなくてよかったじゃない? ていうか、うち車持ってないけど」とぼくは起き抜けの頭でとっさになぐさめたものの、「肝心なときにふにゃふにゃのパンチしか打てないなんて」とさらに肩を落とすので、「車から引きずり出しただけで偉い!」「猫パンチは可愛い!」と自分でも要領を得ない褒め言葉