息をするように本を読む27 〜ストラウド「バーティミアス」シリーズ 金原瑞人・松山美保訳〜
海外の小説を読むとき、翻訳はとても重要だ。
あるとき、面白いはずのある作家の小説がどうも読みづらい。何だろう、これは、と思った。
後になって気づいた。その翻訳が私にはあわなかったのだ。
この物語「バーティミアス」を読んで、ますます翻訳の重要性を実感というか、再確認した。
バーティミアス・シリーズ3部作。
「サマルカンドの秘宝」
「ゴーレムの眼」
「プトレマイオスの門」
イギリスの作家ストラウドの作品だ。ハリー・ポッターシリーズのようなファンタジー児童文学、という位置付けでいいだろう。
元々は、小学生だった娘たちのために買ったのだが、私ももちろん、夢中になって読んだ。
物語の魅力は、もちろんよく練られたストーリーや個性的なキャラクターなのだが、金原瑞人さんたち翻訳者の手腕によるところが大いにあると思う。
金原瑞人さんは海外の児童書やYA小説(児童書と大人向けの中間くらいの小説)の翻訳を数多く手掛けられていて、ご自分でも作品を発表されている。
「蛇にピアス」で芥川賞を受賞された金原ひとみさんのお父様でもある。
この物語は、金原瑞人さんの翻訳でなければここまで面白くなかったのではと私は思う。(あくまで個人的見解です)
物語の舞台はイギリスのロンドン。
時代は、どうだろう、現代より少し前、だろうか。
物語の中のイギリスは、魔術を使って妖霊たちを召喚し、呪文で縛り、人間の下僕として使う能力を持った「魔術師」たちが、特権階級として国を統治し支配している世界である。
いきなり何の話?と思われるかもしれない。
私も読み始めはちょっとどうなんだ、と思ったが、巧みな語りとよく出来たストーリーに、あっという間に物語に引き込まれた。
主人公は2人。
1人は魔術師の家に引き取られ、現在、修業中の生意気な少年ナサニエル。
もう1人は、彼に召喚された妖霊、バーティミアス。本人の言葉を信じるならば、年齢は5000歳と少し。あのソロモンにも仕えたことがあるという。
本来なら、ナサニエルのようなまだヒヨッコの魔術師の卵に召喚されるようなペーペーの妖霊ではないのだが、少々事情があって、ナサニエルにこき使われる身の上になった。
物語は、章ごとに目線が変わる。
ナサニエルの目線の章は、ごく幼いときに生みの親に半ば売られるようにして魔術師の師匠の家に引き取られた彼の、厳しく辛い修業の日々が淡々と描かれる。
ナサニエルはとても優秀だった。そのことは自分でもよくわかっていた。が、ある日、その幼稚でひねくれたプライドが、叩き潰される事件がおきる。
バーティミアスの目線の章は、バーティミアスのひとり語りで物語が進む。バーティミアス自身が付けた「脚注」もある。
バーティミアスは、自分で5000歳と少しだと宣言しているわりにはかなり大人げない性格で下品で口も悪いが、その語りがとにかく、笑える。
ざっくばらんというのか、気取らないというのか、単にガラが悪いというのか。
ここで金原瑞人さんの名訳が一層冴えるのだ。
とにかく、読んでいると思わずニヤニヤ笑ってしまう。どちらかと言えば陰鬱なナサニエルの章と好対照だ。
ナサニエルとバーティミアスは、ある事件がきっかけで国家を揺るがす大陰謀に巻き込まれる。
2人は行きがかり上、その解明に乗り出すのだが、よくあるバディものとはかなり趣きを異にしている。
ナサニエルとバーティミアスの関係はあくまで、ナサニエルの魔術によって結ばれている。
ナサニエルは常に自分が優位に立ち、バーティミアスを手中に収めておこうと画策するし、バーティミアスは隙があればナサニエルの魔術の枷から逃れようとする。
魔術の保護が無ければ、バーティミアスはナサニエルを頭からバリバリ食べてしまうだろう(正直なところ、この妖霊はそのくらいやると思う)。
2人の間には、例えば、ポケモンとポケモンマスターの間に存在するような信頼や友情はない。
しかし、この2人のやり取りがまた、ものすごく面白い。ここも翻訳者の腕が冴えている。
バーティミアスは、魔術で縛られて身動き出来ない鬱憤晴らしのように、ナサニエルをからかったり煽ったりしてやり込めようとするが、ナサニエルも負けてはいない。
普通に読んでいると、ただの仲の良いケンカ友達のようだ。
やがて、ナサニエルが新米魔術師として特権階級に仲間入りし、政府のために働くようになるとこの関係は微妙に変化していく。
すっかり嫌味なエリート主義に染まったナサニエルと、それを横目に何を考えているのか分からないバーティミアス。
一方、この物語の中のイギリスのように一部の特権階級が支配する世界にはよくあることだが、庶民の間には政府への抑圧された不満が渦巻いている。
巷のあちこちではいつからか、正体不明のレジスタンス集団による、今はまだ小さな反乱が次々に起きていた。
2人はある日、元レジスタンスのメンバーの少女キティと出会う。
キティは、ナサニエルに対してもバーティミアスに対してもまったくもの怖じすることがない。
怖いもの知らずで魅力的な彼女の存在は2人に何をもたらすか。
魔術師であるナサニエルと、その魔術に縛られて使われている妖霊のバーティミアスとの間に、友情、あるいは信頼が成立することはあり得るのか。
バーティミアスは人間の姿に化ける(?)とき、いつも決まってあるエジプト人の少年の姿になる。それは何かバーティミアスの過去が関係しているらしい。
そのバーティミアスの過去とは何か。
ナサニエルの成長とバーティミアスとの関係の変化が物語をどんどんワクワクさせる。
シリーズ終盤が近づくにつれ、ページをめくる手がもどかしくなってくる。
そして、そのあまりに鮮やかな、鮮やか過ぎるラストには誰もがきっと驚く。
児童書だと思って、舐めていてはいけない。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
この本、面白そうだから買おうよと提案してくれた娘たちと、名訳をして下さった金原瑞人、松山美保両氏に深く感謝する。
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