息をするように本を読む 9 〜ディケンズ「二都物語」〜
私は中学生のとき、親の仕事の都合でシンガポールに少しの間住んでいた。
学校の英語の授業にまるでついていけなくて、近所に住む中国系シンガポール人の小学校の先生にちょっと英語を教えてもらった。
アイリーンという名前の先生で、2人の小さいお子さんがいらしたように覚えている。
1時間ほどの教科書メインの授業の後、練習になるからと5分ほどの英語でおしゃべりの時間があった。
普段は私がカタコト英語で日本の昔話とかを話したが、先生が一度、彼女の好きな小説の話をしたことがあった。
イギリスの作家の作品で、舞台はパリとロンドン。2人のまったく違うタイプの男がふとしたことで出会い、友達になって、そこに1人の美しい女性が現れて。
そんな話だった。
私の貧しい英語力では理解するのはなかなかに難しく、よくわからないところもたくさんあったのだが、先生の話してくれたラストに心惹かれた。(今思うと、先生、最後までしゃべってしまったら、ネタバレですよね)
ずっと後になって「二都物語」という小説とディケンズという作家の存在を知る。
読んでみて、あ、これだったのか、とわかった。
時代はフランス革命の頃。
舞台はパリとロンドン。
主人公はカートンというイギリス人の弁護士。腕はいいが、人生の目標も楽しみもなく、荒んだ生活を送っている。
この彼が偽悪的で、ともすれば破滅型なのだが、とても魅力的な人物なのだ
彼はある裁判がきっかけで、彼の運命を変える2人と出会う。
1人はダーニーというフランスのとある名家の御曹司。その育ちに反発し、実家とは絶縁状態にある。優しく正義感に溢れた好青年だ。
もう1人はルーシーという美しい女性。彼女の父親は、貴族の横暴に巻き込まれて、かの悪名高いバスティーユ牢獄に長く勾留されていたことがあるフランス人医師だった。
この2人との出会いで、カートンは人生で初めて友情と愛情を知ることになる。
ディケンズの緻密で格調高い語り口、複雑に絡む人間関係も相まって物語はドラマチックに盛り上がる。
やがて、フランス革命が勃発し、フランス全土を嵐が吹き荒れた。
長く貴族の横暴に耐えてきた民衆の怒りや憎しみは凄まじく、抑えが効かなくなってあちこちで暴発した。
ディケンズは言う。
それは最良の時であり、最悪の時だった。
それは知恵の時代であり、愚かさの時代だった。
それは光の季節であり、闇の季節だった。
それは希望の春であり、絶望の季節だった。
やがて、ダーニーとルーシーはとんでもない危機に陥ってしまう。
友と愛する人を助けるために、カートンはある行動にでる。
この小説のラストで、やっと自分の人生に価値を見出したカートンが呟く台詞がある。
アイリーン先生もこの台詞がお気に入りらしく、暗誦してくれた。
45年も前のことなので、細部は違っているかもしれない。
(もしそうならすみません)
It's a far ,far better thing that I do ,
than I have ever done.
It's a far ,far better rest that I go to,
than I have ever known.
これは今まで私がした中で遥かに良い行いであり、そこは今まで私が知った中で遥かに佳い安らぎの場所であるはずだ。
実は、ディケンズの他の作品はちゃんと読んだことがない。
機会があれば読んでみたいと思う。
まずは「クリスマスキャロル」かな。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
45年前、アイリーン先生との出会いに深く感謝する。