さよなら4月の――
――久しぶり。
と、声がした。
姿は見えない。でも、誰なのかはわかっている。
――ドッペルさん。
ぼくのドッペルゲンガー。
ぼくの友達。
――何で、姿見せないの。
――ドッペルゲンガーは見えないものだよ。
――さんざん顔合わせてきたのに?
――4月が終わるからね。
――? まあ、今日で終わるけど。
ドッペルさんは、ぼくの友達。いつも、そばにいてくれた。いつも、ぼくと話をしてくれた。
でも、ある日いなくなってしまった。「一度死んでみようと思う」そう言い残して。ぼくは止めることもできず、ドッペルさんの旅立ちを見送った。
――丁度1ヶ月前か。ボクが「死んで」から。
――「死んだ」から、ぼくはドッペルさんが見えないの? 本当はそこにいるの?
――ボクは、ドッペルゲンガー。もともと存在しないんだよ。
――そんなこと言わないでよ。ぼくが一番わかってるんだから。それこそ、今さら言わないでよ。
――ねえ、4月だよ。
――4月だから、会いに来てくれたの?
――4月は、別れの季節だよ。
――3月じゃないの? ぼくらが別れたのも、先月だよ。
――4月は、ドッペルゲンガーと別れる季節なんだよ。
ぼくは、すぐそばで気配を感じた。変わらず、姿は見えない。けれど、たしかにそこにいる。ドッペルさんが、そこにいるのが。
――もう、会えないの?
ぼくの声は、ひどくかすれていた。
――ぼくが望めば、ドッペルさんといつでも会えるんじゃないの?
ドッペルさんは、しばらく黙っていた。気配は消えていない。むしろ、さっきより近くにいる気がする。
――ボクは消えないよ。また会えるよ。
――じゃあ何で、ぼくにはドッペルさんが見えないの。
――きっと、今のキミにはボクが必要ないんだよ。ボクがいなくても、キミは大丈夫。
――そんなことないよ。キミが必要じゃないときなんて、一度もなかったよ。
――もしくは、
――もしくは?
――ボクは、ドッペルゲンガー。もう一人のキミ。ボクは「死んだ」けど、それは、これからもキミのそばにいるためだ。キミの一部として。
さっきより、声が近くなっている気がする。そばにいる、どころじゃない。ドッペルさんは、ぼくの中にいる?
――ドッペルさん。
――何?
――「また会える」って言ったよね。
――言った。
――「ボクは消えない」って言ったよね。
――言った。
――約束してよ。ウソじゃないって。
――うん。キミが望めば、ボクはそこにいる。
そして声は途絶え、気配も消えた。でも、またいつか会える。別れの季節があるなら、出会いの季節もあるんだから。ドッペルさんがいなくなることは、決してないんだから。
今のぼくは、今のドッペルさんを受け入れる。ぼくの一部になったドッペルさんを。
「さよなら4月のドッペルさん」
さよなら4月のドッペルさん - ねこぼーろ(2014年)
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