見出し画像

「息がしやすくなるくらい、赦されてもいいんじゃないか。」

急な切り換えには苦しさがつきまとい、ほとんどの人にとってはすぐに対応できるのが当たりまえでも、ぼくにとっては血の凍る思いだった。

ダーラ・マカナルティ『自閉症のぼくは書くことで息をする 14歳、ナチュラリストの日記』p237

『自閉症のぼくは書くことで息をする』を読み始めて、1年は経っただろうか。


いや、2年だろうか。さすがに、そこまでは経っていないか。


読み進めるときは、ものすごく読み進めて、読まないときは、何ヶ月も読まない。


(それは、どの本にも言えることだけど。)


そもそも、ここ2ヶ月くらいは、言語学とか心理学とか、そんな本を読んで、小説やエッセイは、ほとんど読んでいなかった。


『自閉症のぼくは書くことで息をする』は、最後の章まで来ていて、きっと、あと1時間もあれば、読み終えるだろう。


忘れていたな、と思った。


この本を読むことでもらえる安心感があることを。


ぼくとまったく同じ人はいないけど、同じ苦しみを抱えている人はいるんだと。


なにも解決していないけど、少しだけ息がしやすくなる。


ありがとう、と思った。


そして、そんな本が書きたいことも、思い出した。


どうして今、こんなに勉強したり、調べものしているんだっけ。その理由も、たぶん、そこから来ている。


ぼく自身を救うこと。


ぼくに似ただれかの呼吸を、少しでも楽にすること。


ずっと具合がよくないのも、あったけど。


(昨日も、数日ぶりに顔を合わせた知人に「げっそりしてる」と言われてしまった。)


忘れてたなあ、と思った。


自分が、楽になることはない。


ずっと、そう思っているけど。


楽になりたい、とは、思っていいんじゃないか。


息がしやすくなるくらい、赦されてもいいんじゃないか。


贅沢かな。


贅沢でも、いいんじゃないか。


こんな風に思えるのが、今だけでも。


明日には、忘れてしまっても。


また、思い出せばいい。


今、また思い出せたんだから。


今朝も、手足に力は入らないし。


体は熱いし。


瞼はひどく震えている。


(幸い、頭痛はない。)


体調が安定するまで、まだかかるかもしれない。


でも。


とろくさいなりに、進んでいくしかない。


とろくさくなくなることは、決してないんだから。


もう一度、瞼を閉じる。


閉じているはずなのに、目の前の景色がちらつく。


……もう少しだけ、眠ろうかな。

この記事が参加している募集

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 「サポートしたい」と思っていただけたら、うれしいです。 いただいたサポートは、サンプルロースター(焙煎機)の購入資金に充てる予定です。