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文色みち【ショートショート集】

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私が書いた約1000~2000文字前後のショートショート(掌編小説)をまとめておくマガジンです。
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#私の作品紹介

執事の勤め【#ショートショート】

私の名前は、白銀純一。今年で三十路を迎えます。 幼き頃から財閥である黒金家に仕えてきた私は、執事としての職務を全うしてきました。特にお嬢様であられる黒金香純様とは2つほどしか年が変わらず、大変おこがましい話ではありますがその成長を間近で拝見させていただけたこと、誠に嬉しく思っております。 香純様は幼き頃から美しく、ご両親から蝶よ花よと育てられ、その愛情を多く受け取り立派なお嬢様となられました。 始めは煙たがっていた習い事も、通い続ける内にその天賦の才を目覚めさせ、誰よりも

着ぐるみを着た彼【ショートショート】

「ねえ、今日の夜どうする?」 「ん、う~ん……どうするか?」 質問を質問で返してくる時、彼は大抵ほかのことに夢中になっていて、私の話なんか全く聞こえていない時だ。 なんでも、最近配信されたゲームアプリに夢中らしい。私も誘われて始めてみたが、彼のように夢中になることはなかった。飽きっぽい性格だと彼には指摘されたが、そういうことではないと私は思っている。 彼自身が何かに取り憑かれたかのように、小さな画面に向かって目を光らせている。その姿はまるで少年のようだった。 そんな彼

日向水のような悪知恵【ショートショート】

 今年からぼくが通う小学校に新しく赴任してきた大蔵先生は、とても堅物な人でどの児童に対しても心を開かず、怒ると鬼のように怖かった。 男子児童に対しては拳骨を食らわすこともしばしば。そんな大蔵先生に対して、ぼくと友人の海斗はなんとか仕返しができないかと日々考えていた。 そんなある日、海斗が良いことを思いついたとぼくに話してきた。 それは大蔵先生が通勤で使っている、自慢のスポーツカーのフロントガラスを汚して困らせてやろうというもの。どのようにして汚すのか。そこがポイントだと海斗

写不真【ショートショート】

「ねえ、これ見てよ」と、眉間に皺を寄せた彼女が一枚の写真を渡してきた。 そこには、彼女とその友達が仲良くカメラに向かってポーズを取っている。背景はどこかの水辺だろうか。 しかしその写真を見て、僕は単純に「楽しそうだね」と言葉にすることはできなかった。それには理由がある。 彼女の不穏な表情を見ていたからだ。 自分の思い出を共有したいというなら、こんなに不安げな表情はしない。渡されたこの写真に原因があるのだろうと理解できるが、いったいこれのどこにその原因があるのか。 「こ

蘊蓄を傾ける彼【ショートショート】

気がついたら夜空には、星が輝いていた。 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。 「ねえ、観覧車乗ろうよ」 「え、……まあ良いけど」 大学の同級生である彼と付き合って初めてのデート。大きな観覧車で有名な遊園地に遊びに来ていた。最後はあれに乗る。私はそう決めていた。 観覧車乗り場には数組のカップルと親子連れが並んでおり、私たちは列の最後尾に並んだ。 列に並んでいると、隣りにいた彼が唐突に言った。 「そうだ、観覧車の起源って知ってる?」 「観覧車の? 知らない」 そ

眠れぬ仮の美女【ショートショート】

十二時を過ぎていた。 眠れない。この蒸し暑さに加え、見えない恐怖に怯えているせいで、心臓が耳元にあるようだった。 喉が渇きを覚え、重い身体を起こした。 寝室からキッチンのあるリビングに向かう。電気を付けるのもおっくうに感じ、薄暗い中、自分の感覚を頼りに歩みを進める。 寝不足のせいか、頭がくらくらする。胸も苦しい。全身が痺れているようにも感じる。 髪の毛がぼさぼさになっていても、いちいち気にしていられない。 キッチンにたどり着くと、お気に入りのコップを探した。コップはす

ゴミ拾い【ショートショート】

ふと歩みを止める行為というのは、大抵あまり良い兆しではない。 純子が日課の散歩途中でふと歩みを止めたのも、視界の端に異様な光景を捉えたからだ。 羽虫が群がる街灯の下に、小学生ぐらいの少年が俯きながら座っていたのだ。 当然最初は見間違いだと思った。錯覚や思い込みである方が、一瞬の緊張で終わる。しかし、その少年はまやかしでも幽霊でもなく、確かにそこに存在していた。さらにその少年のいた場所が、ゴミ捨て場であったことが、余計に純子の恐怖心を煽った。 「ぼく、一人?」 恐る恐る

スイカの嫌いな彼【ショートショート】

彼の好き嫌いの多さは、むだ毛の数を優に超えるほどだった。 運動するのは嫌。 一人で買い物するのは嫌。 ニュース番組はつまらないから嫌。 他にもたくさんあるのだが、一番苛立つのは食事に関してだ。 外食したりお弁当を買ってきたりした時に、自分の嫌いな食べ物が入っていれば口にすることは絶対にない。 ある蒸し暑い日。農家の実家からスイカが送られてきた。幼い頃から食べ慣れているスイカは、私の大好物でもあった。彼が嫌いだと初めから知っていたら、一人でこっそり食べていたのに。 そ

蜘蛛の巣後光【ショートショート】

雨上がりの夕刻、秀志は地元にある小さなお寺を訪れていた。 そのお寺は秀志が幼い頃から何度も遊びに来ていた場所で、鳥居を抜けた本堂へと繋がる真っ直ぐな階段はとても細く、大人がやっとすれ違えるほどだった。 秀志には何か特別な願い事などがあるわけではないのだが、定期的にこのお寺に足を運びお賽銭を入れて手を合わせる。 そして日頃の感謝を阿弥陀如来様に伝えるのが習慣になっていた。 階段を上りきったところで、秀志の前に四人組の若い男女が賽銭箱の近くで屯していた。 なるべくなら静かに

虹色の羊の歩み【ショートショート】

広大で緑の生い茂る丘の牧場に、一匹だけ虹色の毛をした羊がいました。 しかし、その虹色の羊の毛は、飼い主がどんなにアピールをしても気味悪がれ、その毛を欲しがる者はいませんでした。 そして誰にも求められることなく長い月日が経ち、虹色の羊はいつしか他の羊の群れについていくこともできないほどに老いてしまいました。 それを見かねた飼い主が、虹色の羊に対して言いました。 「お前はおれにとっては大切な羊だ。本当に感謝している」 「何をおっしゃいますかご主人様。あなたは他の者とは違う

蜚蠊を生かした彼【ショートショート】

私は大の昆虫嫌いだ。 形が気持ち悪いのはもちろん、美しいと称される蝶々の類いでさえ視界に入れば悪寒を感じてしまう。生理的に受け付けない。 過去にトラウマがあったということではないのだが、昆虫を好きでいる人の気持ちは全く理解できない。だから、彼と出会った時も、第一印象は最悪だった。 彼との出会いは学生時代の合コン。自分の趣味を話す流れで彼は、意気揚々と昆虫の魅力について熱く語り出した。大学でその昆虫の研究までしているというのだから、それはもう趣味の域を超えているのではないか

青春のホスジャンプ【ショートショート】

「大きくなったらけっこんしよ」 それが幼馴染みであるシュウの口癖だった。でも、それは私に向けられた言葉じゃない。同じクラスの女の子ほぼ全員にそう言っていた。 ちょっと格好良くて、ほんの少し運動ができるぐらいで調子に乗っちゃって。 クラスでは人気もあるし、先生からの評価も高い。嫌いじゃないけど好きになるのも悔しい。だから私はシュウのことを遠くから眺めてばかりいた。 そんな調子で言ってたら、いつかしっぺ返しが来るぞ。私がそう思っていると、シュウは私にも同じ調子で言ってきた。

生きている実感【ショートショート】

「生きている実感がしないんです」 放課後になって相談したいことがあると、ひとりの生徒が私のところにやってきた。 「美枝さんは、生きている実感が欲しいの?」 「はい。わたしは人形なんです。だからみんなわたしに乱暴するんです。文句も言いませんし、反抗もしない。痛みも感じないし、涙も出ない」 彼女の発言に、私は一抹の不安を抱いた。それでも用意していた常套句を彼女に話した。 「美枝さんはちゃんと血の通った人間よ。ほら、耳の穴を塞ぐようにして指を入れてごらん。微かにゴーッって

靄々傘【ショートショート】

「ありがとうございましたー」 最悪だ。 濁った水溜まりを飛び越えようとしたけど、目測を誤って靴がびしょびしょになった気分だ。 これはコンビニでちょっと気になった雑誌を立ち読みしていた罰、なのか。 コンビニの出入り口付近にある傘立て。今、そこに刺さっている傘は3本。 1本は、ちょっと高そうな黒光りした傘。他の2本は、このコンビニでも売っていそうなビニール傘だ。 しかし、その3本とも私が持ってきた傘ではなかった。 外は車軸を流すような雨に様変わりしている。ここに来たとき