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蜘蛛の巣後光【ショートショート】

雨上がりの夕刻、秀志てるよしは地元にある小さなお寺を訪れていた。

そのお寺は秀志が幼い頃から何度も遊びに来ていた場所で、鳥居を抜けた本堂へと繋がる真っ直ぐな階段はとても細く、大人がやっとすれ違えるほどだった。

秀志には何か特別な願い事などがあるわけではないのだが、定期的にこのお寺に足を運びお賽銭を入れて手を合わせる。
そして日頃の感謝を阿弥陀如来あみだにょらい様に伝えるのが習慣になっていた。

階段を上りきったところで、秀志の前に四人組の若い男女が賽銭箱の近くでたむろしていた。
なるべくなら静かに参拝したいと秀志は思っていたので、彼らがその場を離れるまで、側にあった錆び付いた長椅子に腰掛けて待つことにした。

しかし、四人の男女は話に盛り上がり、なかなか賽銭箱の近くから離れようとしない。どうやら写真撮影などもしているようだ。
秀志の存在にすら気づいていない。

しばらくすると、ようやくその男女は賽銭箱から離れて帰って行った。しかしすぐに今度は別の若者たちが姿を現し、小走りで賽銭箱に近づくやいなや、長いこと手を合わせていた。

そういえば最近テレビか何かで、このお寺が幸運の場所パワースポットとか何かの御利益があるというのが、インターネットで広まっているという報道を耳にしたのを秀志は思い出した。
そのせいで今日も来訪者が後を絶たないのだろう。お寺にとっては良いことなのかも知れないが、秀志にとっては迷惑な話であった。

お寺を囲む木々の陰が線のように細長くなりだした頃、ようやく静かになった。
秀志は賽銭箱に近づき、中に千万円札を入れて手を合わせた。

「今日は運がなかったようです。――阿弥陀様」

合掌を終えてお寺を後にしようとすると、白い髭をたくわえたお寺の住職が秀志の元に近づいてきた。

「こんばんは、秀志さん」

「こんばんは、住職さん。お変わりなくてなによりです」

「いいえ。私ももう年ですんで、老体にむち打ってなんとか」

「それにしても賑わってますね」

「そうですね。多くの方とのご縁が結ばれることは、仏様もお喜びでしょう」

「わたしは落ち着いた雰囲気の方が好きなんですがね」

「確かに、落ち着いた寺院というのも風情があります。とはいえここを訪れる多くの皆さんは、藁にもすがる思いをされている。その方々全て平等に尽くすことも仏様の教え。
蜘蛛の糸を張り巡らせたことは、決して間違っていなかったと私は思っています」

「そうですか……。神様や仏様にすがることや、運に任せるような軽い気持ちであっても、ですか?」

「ええ。――他力本願たりきほんがんという言葉をご存じですか?」

「はい、知ってます」

「実は他力とは阿弥陀如来の力のことを指します。今で少し間違った意味と使われることも多いですが、この言葉本来、自分の力に頼らずに阿弥陀如来に救われるという言葉です。
だからこそ、何かを頼りにここを訪れる方が増えるのも本望なのですよ」

ふと住職のほうに視線を向ける。
夕日を背に立つ住職の背中には、ちょうど木々の間から漏れる光線が当たっていた。それはまるで阿弥陀如来様のような姿だった。

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