よく生きたね、とご自愛を
ひとりでいてもみんなといても楽しい。話さない日があってもたくさん喋る日があっても快い。大切なひとが近くにいても遠くにいてもうれしい。『半年後のわたしが今日より笑っていますように』と書いた6月の祈りが叶ったのは、出会えたひとたちのおかげだと想う。
21時に消灯する東京の病室は真っ暗で音もなくて、まるで宇宙に独りぼっちでいるような気持ちになった。過去を振り返っては「どうしてもっと大切にできなかったんだろう」と後悔して、未来を考えると「これからどうしたらいいんだろう」と不安でたまらなくて、点滴が繋がれた腕が目に入るたび「なんで生きてしまったんだろう」と自分を責めて泣き続けた。
入院して5日目の夜明け、柴田聡子の『いい思い出のせいでやっぱ引きずるね、ぼちぼち行こうかね』という歌詞が響いた。朝の光でオレンジ色に満ちる廊下がすごく美しくてなんだか希望に感じた。「うん、わたしもぼちぼち行こう。人にやさしくできる自分になろう。だからまずは穏やかに暮らそう」と心に決めてその4日後に退院した。
この半年間、たくさんのひとが気にかけて下さって飲みや食事に誘ってくれた。入院を伝えたわけでもないのに懐かしい人たちから連絡があって数年ぶりに会ったり仲直りした。もう本当にありがたくてたまらなくて、大げさなくらい愛を伝えてしまった。
素敵な店員さんに出会う日も多かった。ふらりと足を運んだギャラリーやお店で会話に弾んで心ほくほくで家路に着いた。表情が柔らかくなったのか道を尋ねられることが増えた。笑顔で「ありがとうございます」と言われるたびに泣きそうになった。こんな人間も生きてていいのかな、とちょっとだけ信じられた。
死にかけるって、すごい。
ぜんぜん良い経験ではないけれど、すごい。
久しぶりにメールが届いた。こう綴って返信した。この一年、わたしは多くのものを失った。何も言えない。謝ることしかできない。残ったのは自分自身と暮らしだった。きっとずっと昔から、この2つがわたしのほんものだった。
読み返すと相手のことを考えるようでただ自分のことを書いた気がして申し訳ない。気づけば1年半も村上春樹のデタッチメントとコミットメントみたいなやりとりをしている。お互い井戸の中から出ようとしない距離感はいい。きっと、わたしたちはどこへも行かない。
2024年を振り返って想う。いまの自分、わりとすき。ニコニコいられる時間が増えたし、おだやかな気持ちで過ごせているなあと実感してる。残り3年の東京生活、そんなふうに生きてゆきたい。
来年はもっと気軽にnoteを書きたいな。こんな人間もいるよ。だからあなたも生きてて欲しい。自分がいちばん大切だよ、と伝わるような文章を。みなさまも、どうかご自愛を。