行動変容デザインはなにができるのか ~ 『行動を変えるデザイン』を読む
※この記事は「『行動を変えるデザイン』を読む」マガジンの一部です。
こんにちは。『行動を変えるデザイン』翻訳チームの相島です。
行動変容をデザインできると、どんなことが起きるのでしょうか。今回はこの話題を自分なりのことばで紹介したいと思います。
行動変容の驚くべき事例集
書籍『行動を変えるデザイン』には、「ついつい」とる行動が変わることで起きる、驚くべき成果がたくさん紹介されています。
Opower(オーパワー):全米で3億ドルもの電力消費を節約
全米で3億ドルもの節電を達成したのは、電力使用量の明細書に加えられたちょっとした工夫でした。近隣住民の電力使用量と比較されるだけで、人は節電を意識して行動するようになるのです。
オバマの選挙キャンペーン:史上初の黒人大統領を誕生させる
史上初の黒人大統領を誕生させた選挙キャンペーンでは、支持者がラジオ番組に登壇し支持を訴えかける行動を促進するウェブサイトがつくられました。やること(ラジオ番組を探す、いうことを決める、電話を掛ける...)をまとめ、やりたい!という衝動から、実行までの障壁をとにかく低くすることで、1つでも多くの行動を達成しやすくしています。
これは、今日ソーシャルメディアでくりひろげられている政治キャンペーンの走りとなっているとも言えます。政治キャンペーンの技術はデータを活用することで高度化し、一部は実際には存在し得ない行動を偽装し、フェイクニュースというかたちでまねさせよう(行動を誘引しよう)としています。やることを見せてまねてもらうのは、行動の促進に有効なのです(ただし前述の通り「よくよく」やりたいと思ってないことをさせるのはNG)。
治療用アプリ:1100億ドル規模の新産業を生み出す
行動を変えるプロダクトがもっとも商業的に成功している例として、治療用アプリがあります。多くの治療用アプリが、健康であるための行動を手助けすることで、生活習慣病や疼痛コントロールなど、幅広い疾患の治療に役立ち始めています。さまざまなアプローチがありますが、治療用アプリは、記録などの行動の障壁を下げ、通知などで行動のきっかけを作り出しています。治療用アプリを含むモバイルヘルスのビジネスは、2023年には1100億ドルもの市場規模になると推定されています。
このように、
ちょっとした行動の違いが、大きな社会変革やビジネスインパクトをもたらしています。アプリやサイト上での行動を変える、ということもできますし、実世界での行動もまた、行動変容デザインの対象です。
実際にわたし自身の経験においても、ランディングページの設計から、新サービス立案、発明提案に至るまで、行動変容デザインの考え方、テクニックを活かすチャンスがありました。
また、これを読んで「感染症対策に使えるのでは?」と思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。実際、公衆衛生分野で実践されているヘルス・コミュニケーションとは、重複する考え方や技法も多いです。しかし、ヘルス・コミュニケーションの場合は「よくよく」の行動を訴えることが多く、これは一般に行動変容が期待される広告の場合も同様で、広告単体だけでは効果を発揮し得ない、あるいは一時的な変化に終わってしまうリスクがあります。継続的に行動をとるには、つど複数の前提条件をクリアする必要があるからです。この前提条件については、追って紹介します。
「そんなこと、もともとやってたよ!」
それって、もともとUXデザインが目指してたことと変わらなくない?そう思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。UX分野でも心理学を扱ったもの、データ分析を扱っているものはすでにあります。しかし、行動を変えるために求められる、心理の働きについての知識や技法、データ分析の知識や技法を「ほどよく」統合した、というところに本書の特色があります。
また、方法論には、常につきまとう批判があります。方法論がなくとも、もともと言われてきたことの組み合わせに過ぎず、その道のエキスパートがすでにやってきたことの焼き直しにすぎない、というものです。また、方法論は必然的に見落としや誤りを内在している、という批判もあります。それはまったくその通りなのですが、絶妙な方法論は、筋のよい仮説を紆余曲折なく導きます。仮に誤ったとしても、仮説なき誤りには、学びはありません。得られた学びは方法論を強化します。この学びの複利が、あなたの知恵の資産を増やすのです。
『行動を変えるデザイン』は、学術的視点と、実践での苦悩に裏打ちされた、泥臭くシンプルな方法論を提示しています。ぜひ、お試しあれ!
書籍紹介ページ:
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Appendix: 心理や行動変容の事例をもっと詳しく知るために
書籍の全体に、人の心の働きについての研究、行動変容の事例があちこちに散りばめられています。心理学や行動経済学、政治学などの研究成果については、第1章、第2章を中心に紹介があります。Opowerの事例はp.287に、オバマの選挙キャンペーンの事例はp.183にあります。また、本邦での実践事例を日本版独自に巻末収録しています(p.397)。治療用アプリはここで取り上げています。上記で紹介した以外にも、金融やヘルスケア、マインドフルネスや建設業など多様な分野での事例がありますので、ぜひご一読ください。また、行動変容デザインができないこと、とりわけ倫理的に許されないことについてはp.32を、プロダクトやサービスが「押しつけ」るのを避けることについてはp.378を参照してください。
モバイルヘルス市場の市場規模については、こちらの記事を参照しました。
ベン図は、本書p.30からの引用です。
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