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世界一小さな芸術祭2023レポート⑦〜閉幕〜

様々な人達が酒を酌み交わし話している。

こっちの人達はスーツ姿で仕事の愚痴でもいってるのだろうか、あっちの盛り上がっている人達は久しぶりに集まった友人同士だろか、あそこの距離が近い二人は恐らく恋人同士だろう。

私達はどういう人達にみられるのだろうか。

世界一小さな芸術祭2023がこの日で閉幕した。
最後の石谷力さんの公開クリエーションを終えて、寺越がこの日見に来てくれた人に向けて”ちょっと軽くいきますか”と声をかけ、近くの立ち飲み屋になだれ込んだ。

石谷力さんは勿論のこと、オカリナゆうこさん、篠笛みずほさん、参加者の佐藤紘子さん、石井理加さんと共に私とインタビュアーのゴン田中(ゴン)も同席させてもらった。

”お疲れ様でした、本当にありがとうございました”

という疲れきった声と同時に勝手に飲み始める寺越。そうだ、コイツはこうやって飲むやつだ。

飲み物が届きそれぞれなんとなくで乾杯する。

「皆さんお疲れ様でした〜!!」

デカい声が突然ゴンから聞こえてきた。誰もがまずは驚き、その後笑顔になり「ありがとうございました〜」と返してくれていた。
この1ヶ月間公開クリエーションを見続けて創作の発展性をみて興奮しているゴン。興奮冷めやらぬゴンは石谷力さんに話しかける。

「リッキーさん寒い中一番やってましたよね、本当に本当に〜お疲れ様です!僕今日のが一番好きっす!あ、このチラシ、あの日話してくれましたもんね、この一人芝居「審判」を公演するって!1年後なんですね〜動き出しましたね!」

「あ、ありがとうございます!そうっすね、動き出したっす」

矢継ぎ早に話すゴンに少々圧倒されている石谷力さん。ゴンよ落ち着け。

石谷力さんがこの日配っていたもの


「何か食べ物頼みたいものあります〜?何品か適当に頼んじゃいますね。」

とメニューを手に私たちに気を使ってくれる佐藤紘子さん。オカリナゆうこさんと篠笛みずほさんと石井理加さんは思い思いのメニューを頼んでいる。寺越をみるとビールを飲みながらボーっとしている。お前が動け!と言いたいところをグッと抑え、佐藤紘子さんに、皆さんにお任せしますとだけ告げる。


「今回何度もリッキーさんのクリエーションしてるところをみてて、けっこう苦しんでいたじゃないですか?だから今日やったやつみてて胸にきましたよ〜。こんなに変わっていくんですね、一人芝居って。」

「そうなんですか?嬉しいっす。でもやっぱり難しいっすあの本。」

打ち解け始めた石谷力さんとゴン。
私はお猪口で熱燗を口に含む。身体が温かさで包まれていく。こんな寒い中延々と石谷力さんはゆうちょ前で一人芝居をやっていたのかと改めて実感する。
この芸術祭の期間中に一度だけ寺越と飲んだ時のことが思い起こされる。あの時、寺越は石谷力さんとの公開クリエーションで色々悩んでいた。


「寺越さん!寺越さんも苦しんでましたもんね」

ゴンが呼びかけても寺越は言葉なしにボーっとしたまま頷く、寝てるのか、アイツは…

「リッキーさんが苦悩しながらも何回も真剣にやっていた姿があるから今日こういうの見れた気がします!寺越さん!寺越さん〜!嬉しいんじゃないっすか寺越さんも」


またもや虚ろな目で頷く寺越、なんなんだコイツは…

石谷力さんはどんどん変わっていった。時に本当に苦しそうで思考が停止している状態もあった。仕事終わりで家庭もある中でこの寒い中休まずやっていたのは尊敬に値する。
芝居の事はよくわからないがある瞬間に劇的に変化したのは私にもゴンにもわかった。どこか自信がないようにみえた姿がなくなり堂々とゆうちょ銀行と肩を並べて芝居をやり始めた。それを感じとれたのは見続けていたからだろう。

ここから石谷力さんは自分で劇場を探しスタッフを集め同時に全部を覚えて演じる稽古をしていくのだろう。2時間近くの一人芝居「審判」の公演を実行するために動いていく事を決意した石谷力さん。その動向を私とゴンは注目していくだろう。


焼き鳥がテーブルに届いたと同時に今までボーっとしていた寺越が一本取ってそのまま食べはじめた。串から肉をバラそうとしていた周りの非難を浴びている。周りの避難に乗じて石谷力さんが

「今回、実は僕何回も断ってんすよ。」

「私も!私は3回断りました」

「そうなんすか、理加さんも(笑)僕も3回位断ったかもしれないっす。あの人とはバイト先が一緒で会う度に「リッキーやらない」って声かけるんすよ、やらないっていってるのに(笑」

「私もやるのは厳しいかなぁとやんわり言ってるのにあまり伝わってないんですよね」


石谷力さんと石井理加さんは寺越のしつこさで盛り上がる。当の本人は笑っている。


「わかります。この人本当にしつこいです。私は前に骨折していたにも関わらず映像編集したものを寺越さんに送ったらチョー長文のチェックが届きましたもん。」


そこに篠笛みずほさんが更に寺越のしつこさを力説する。篠笛みずほさんは寺越に映像編集をよく頼まれるらしい。今回と前回の芸術祭は彼女の映像編集によるものだ。

当の本人は二杯目を注文しながら笑っている。

(前回の世界一小さな芸術祭)

確かに寺越はしつこい。
私もこうやって記事を書いているのはそのしつこさと関係がある気がする。ただそのしつこさがなかったら石井理加さんは参加していないのかもしれない。
石井理加さんは再生への道で寺越の誘う姿勢を良い人だと表現しているが、私は首を傾げる。私の知ってる寺越は良い人とは違うところに存在する、しつこいよくわからない人間である。



石井理加再生への道は彼女の再生していく過程を文章で表現していた。一番始めの投稿の最後には

(これが最初で最後の投稿になったらごめんなさい…)

と書かれているが結果⑥まで続いた。自分の事を見つめ直し、外にでたり、他の人の公開クリエーションをみたり、振り返りたくない自分の傷に向き合ったり、興味ある人に突撃したりと少しずつ再生している石井理加さんの文章を私とゴンは興味深く拝見し、二人で話したものだ。
石井理加さんは最終日のこの日ある結論を出したようだ。詳しいことはわからないが彼女の中では大きな前進におもえてならない。
石井理加再生への道は芸術祭が終わっても続けると彼女が言っていたので私は楽しみであると同時に再生の意味をより考えるようになった。何をもって再生といえるのか、これは恐らく再生している本人しかわからない事だろう。生きづらいこの世の中で誰もが傷つくことはある。その人達の再生を他者の尺度で促してはならない事を石井理加再生への道で私は今一度胸に刻んだ。

「飲み物どうします?」

私の空いてる飲み物を察して佐藤紘子さんが声をかけてくれる。佐藤紘子さんは私が彼女達の公開クリエーションを見にいった際「寒くないですか、外ですいません」とここでも声をかけてくれるよく気が利く方だった。

佐藤紘子さんと橘佳世さんの二人の出会いから現在までの8年間を階段で表現する過程も興味深かった。まずは場所を経堂駅の横にある大階段に決めてから、そこから登り下りを繰り返していく内に二人の8年間を表現していくことになっていった。ゴンが近くにフラッときて佐藤紘子さんに話しかける。


「聞いてもいいですか、なんで今回佐藤さんは参加したんですか?」


「え、突然連絡があって、ちょうど私も何かやりたいと思ってて、タイミングがバッチリだったからかなぁ」

「え〜そうなんですね。佐藤さんみててすごい楽しそうにクリエーションしてるなぁと思って見てました。やっぱり楽しかったですか?」

「うん、楽しかった。(寺越の方を向いて)ありがとうね〜声かけてくれて」


虚ろな目で頷く寺越。もう本当にコイツは…


「クリエーションの始めの方けっこう紙をみてたと思うんですけど、あれは何が書いてあったんですか」

「あ〜あれは8年間の記録(笑)振り返ってピックアップしたの」

そう、佐藤紘子さんは紙にびっしり書いて、橘佳世さんはスマホで写真などをみながらそれぞれ8年間を振り返りながら1年1年を丁寧に表現していた。この振り返りの仕方もそれぞれの個性が表れているようだった。
二人は話しながらどんどん具体化させていき、それが日々変化していった。8年間という時間の流れは膨大であり8年前はもう随分前で、過去にいくほど大変そうだと思ってみていたが、彼女達は二人で話しながら楽しみながら難なくクリエーションしていた。彼女達のクリエーションは階段で繰り返しやった後、コンビニで酒を買って階段の横のところに座って飲みながらその日のクリエーションを話すというところまでがセットであり、酒好きな二人はそこでよりアイデアを活性化していた。美味しそうに飲む二人だなぁと私はみていた。
地上の出会いから最上階の現在までの8年間を登って表現していくクリエーションの始めの方は建物の圧倒的存在感に対して二人の存在感が薄らいでいるようにみえたが、クリエーションを重ねるに連れて二人の存在感が凌駕、いや、建物と調和していき、ここは彼女達の8年間を表すための建物なんだと思えてきたから不思議だった。




「ハトボーイ、ハトガールの即興ってああいう感じなのね」

「あ、はとのいえの即興芝居!「ねりけし」だ!みたんですか?」

「みたみた。二人の即興もそうだけど、周りの人達がいい(笑」

「おばあさんや女子高生とかが話してる声が自然に聞こえてきてなんか面白いっすよね(笑」


いつの間にかゴンと佐藤紘子さんの話題がはとのいえ「ねりけし」の方にうつっている。ハトボーイとは佐竹謙伸さんでハトガールは三戸海実さんのことだろう。

「2回ともみたけど発想が面白い。2人の即興が街に調和してなさそうでしている」

オカリナゆうこさんが話題に加わって言った。オカリナゆうこさんは2回ともみて映像もよく撮っていた。

「そうそうっす!電車に乗って駅前で即興ってぶらり途中下車の旅みたいでなんかいいっすよね、僕あの番組好きなんすよ」

「ブラタモリもいい」

「あ〜それもいい!!はとのいえといくぶらり途中下車の即興芝居?もしくはぶらはとのいえ?だなぁ(笑」

ゴンがいうタイトルの方がしっくりくる今回のはとのいえの公開クリエーション。2回と数は少ないが即興芝居のユニットの2人としては意外とこの位がいいのかもしれない。
世田谷線と東武東上線で行われた即興芝居。
駅で始まり即興芝居をして電車にのりまた駅で降りて駅前で即興芝居をするというのを三、四駅で繰り返し行う。彼らは電車には別れてのり電車に乗っている人を観察して一人の人間に焦点を合わせて、その人から空想してある人間を演じるという試みをしていた。毎回駅から降りてくる度にある人間を演じて即興芝居を駅前で始める2人。ガイド役としては頼りないが一応寺越もいた。
普段つかわない電車にのり、始めての駅で降り、その見慣れない景色の中、即興芝居をみるというのは体験として興味深く、はとのいえの二人の持っている瑞々しさが印象に残っている。ただ横をみると「即興芝居開演中」というフリップをもっているオッサン(寺越)が瑞々しさから程遠いところにいた。
はとのいえの佐竹謙伸さんの積極的なエネルギーに対して冷静で独特の発想の持ち主の三戸海実さんの二人の即興芝居のバランスは心地よいものがあった。



テーブルの上の皿も空になり、グラスもほとんどの人達がなくなり始めなんとなく終わりの空気が漂い始めている。誰かがもうそろそろ帰りますか、と言い出しお会計の流れになる。私達は店からまた寒い外へ出てそれぞれの帰路につく。


「もう芸術祭終わっちゃったのかぁ~寂しいなぁ、ねぇケイさん」

帰りながらゴンが言う。
私はゴンの言葉を聞きながら、この世界一小さな芸術祭2023のテーマ”日常への介入から変質へ”を思い出した。
私達は介入されていたのだと改めて実感して、それが変質していくかはまだわからないと思いながら、いや、これはもう既に変質しているような気もする不思議な感覚に陥った。

やはり初めに感じた事は的中した。

私達は寺越にはめられたのだ。

しかし悪い気はしない。
なぜなら興味深い瞬間に何度も遭遇したからだ。それは寺越にはめられなかったら出会えなかった体験だろう。

「なんか気持ちいいっすねぇ〜ラーメン食べて帰りましょうよ、ケイさん」


またラーメンかと思いつつも二つ返事で了承してしまった。私もちょっと気分がいいんだろう。

いい年の瀬だ。


文 中谷計


映像編集 吉田みずほ



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