世界一小さな芸術祭2023レポート③〜石谷力「審判」〜
中野はゴン田中の住む街だ。ゴンと打ち合わせをする際は中野が多く、よく中野駅を利用する。
折角だからゴンも誘って石谷力さんの公開クリエーションを見に行く。「何をやるんですかね」とゴンは目を輝かせながら聞くが私には勿論わかるはずがない。
タイトルをみると、自分を追い込むたった一つの方法「審判」冒頭10分とある。「審判」の冒頭10分とはどういうことなのだろう。考えても寺越のやることはわからないので指定の場所へ歩を進める。
南口を出てドラッグストアと銀行の間の細い道を通っていく。最近めっきり少なくなってきたTSUTAYAがここにはある。たまに寄ったりするものだ。その先のゆうちょ銀行の前に二人はいた。
石谷力さんが道路の真ん中でゆうちょ銀行の方に向かって何かを喋っている。それを見ている寺越。
「なんかただならぬ雰囲気がしますね」ゴンが言う通り石谷力さんの発している空気が周りと違う。そして通行人たちは見向きもせずに普通に素通りして通っていくという光景が異様であった。
石谷力さんの前にはゆうちょ銀行の駐輪場があり、たまにそこから自転車を出したりする人もいて普通に自転車に乗っていく。石谷力さんだけ空間の中で浮いているような。
暫くたって石谷力さんが水を飲みにいく。
そこで寺越が近づき二人で話し始めた。相変わらず寺越がうるさい。寺越の声ばかりが主に聞こえてくる。石谷力さんは聞きながら険しい顔をしていて、たまに聞こえてくる石谷力さんの声は迷ってるようにも聞こえる。
寺越がコチラの存在に気づき近づいてきた。
”きてくれたんすね、ありがとうございます!今回これをやってんすよ、これの冒頭部分”と渡してきたのが昔の海外の演劇の本。どうやら一人芝居の「審判」の冒頭10分だけを石谷力さんがやるようだ。
石谷力さんを見ると険しい顔したままタバコを吸っている。寺越が石谷力さんにまた話し始める。タバコ位ゆっくり吸わせてやれ、寺越。
「めちゃくちゃ熱はいってますね」ゴンよ、緩急は必要だ、今はうるさいだけだ。
「審判」という話しは第二次世界大戦中にドイツ人たちが進攻する時、ロシア人将校の捕虜7名を南ポーランドの修道院に置き去りにしていった。捕虜のうち二人は同僚を殺しては食べて、辛くも、生命をつないだ。結局二人の生存者は、攻め戻って来た赤軍によって発見された。一人は発狂状態で、もう一人(ヴァホフ)は一見正常に見える状態で。
そのヴァホフが判事(客)の前で延々と語るという恐ろしく長い一人芝居だ。
また石谷力さんがヴァホフとなり判事とみたてたゆうちょ前の自転車に語り始めた。
先程より近づいて見てみる。石谷力さんのヴァホフは何かに怯えているのかも知れない。そんな風にも見えてきた。
そんな時大きく進路を変えた通行人があらわれた。そんな事はほぼなかったのでコチラも驚きだった。寺越をみるとニヤニヤしている。何が面白いのだと思いながらも確いう私も心が踊った。こういう様々な変化が野外の面白さなのかもしれない。
また石谷力さんが水を飲みにいく。近づいていき話し始める寺越。
「進路変えたあの人にはきっとリッキーさんと判事(自転車)の空気が伝わったんですよね、ワクワクしますね、ああいうの!」距離縮めるの早すぎだろうと思いながら私もゴンに同意だった。
毎回変わっていく空間でそれに影響されていく演者。あ、そういうことか、「日常への介入から変質へ」という今回の芸術祭のテーマはこういうことかも知れない。だから野外の道路だったり階段なのか。いや、たまたまか。
気づいたらゴンは石谷力さんに話しかけていた。
まるで先程までの険しい顔が嘘のように何かが抜けたように笑って話す石谷力さんを見ながら真摯に真剣にこの芝居に取り組んでいるんだろうなぁと感じる。
その光景を見ながら無表情でグミらしきものをボリボリ食べている寺越。なんなんだコイツは。
食べながら私に近づいてきて”レポート楽しみにしてますよ”と微笑みながら言ってきた。
本当になんなんだコイツは、と思いながらもこうやって律儀にレポートを書いている私が一番、なんなんだコイツは、かもしれない。
文 中谷計
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