3月31日
行きの電車では、
持っていた紙袋が
帰りにはすっかりなくなった。
今年の異動は、見送る側。
帰りの電車で
涙が出てしまうくらいには懐いていた
大好きな先輩ばかりが
お別れの挨拶をした。
私にはできたのは
聞くことと拍手を送ることだけだった。
*
専門性が必要になることから、
今の職場は、異動があまりない。
働いて10年という先輩方が
ざらにいる超お局大国だ。
だから先輩は異動しないと思っていた。
なのに。
*
二年前にこの大国に入った私は
しっかり洗礼を受けた。
「なんでできないの」
「態度が気に入らない」
「若いだけでイイよね」
お局さんたちは
ハナから悪いところを探している気さえした。
それでも、
見てくれている先輩がいた。
お局さんの集団に怯えていた私にとっては
その集団を離れて
1対1で話してくれるだけで
とても嬉しいことだった。
しかも、それだけでなく。
私の知らず知らずにしていた無礼を
お局さんたちに根回ししてカバーしてくれたり、
優しく和の中に入れてくれたり。
きっと私の知らない間にも
沢山計らってくれたと思う。
プライベートの相談にも
たくさん乗ってくれた。
失恋した時の「よく頑張ったね」の言葉には
とても救われた。
次第にお局さんたちは
息を潜めて仲間として認めてくれるようになった。
私が今の職場で居場所があるのは
優しくしてくれた先輩のおかげだ、
本当にそう思う。
*
その先輩がいなくなる。
そもそも希望しないと異動しない環境だったので
発表された時に察していたが、
異動の挨拶の晴れやかな顔に確信に変わった。
希望がかなったんですね
『どうしていなくなっちゃうんですか』
ようやく言えた時には、
素直になれない自分が顔を出していた。
「介護もあるし、今の職場では辛いの」
『じゃあよかったんですね、おめでとうなんですね』
出てきた言葉は、自分の気持ちを
真っ直ぐにうつした言葉ではなかった。
先輩がいるこの職場だったから
来年度も働きたいと思ったのに、
せめて感謝くらい伝えたいと試行錯誤するが
本人を目の前にすると、
気持ちとは裏腹に、いつも素直になれない。
〈先輩はこの職場長いし、私なんかより
別れを惜しみたい人たちがいるはず〉
〈先輩にとっては希望が通っているんだし〉
〈今じゃなくてもいいか〉
〈悲しいと盛り上がってるのは
自分だけなんじゃないか
本人は全く寂しくないんじゃ〉
素直になれないことを、
なんとか言い訳する大嫌いな自分が顔を出してきて
いつも邪魔をしてくる。
だから少しでも抗おうと
自己満足のために、今回も手紙をかいた。
読みたくなくなかったら
途中で破ってもらっていいし、
読んでいる時の反応を気にしなくていい。
でも、私の気持ちは伝えさせてください。
そんな思いを込めて。
携帯のメモで校正は終えていたはずなのに
何度も書いては消してを繰り返して。
涙でインクが滲んでしまって書き直して。
このために買ったレターセットが
尽きてしまうくらい何度も書いた。
だけど
どれだけ思いを持っていても
伝わらないことの方が多い。
この感謝はきっと全部は届いていない。
伝えきれなくても
伝える努力をしなければ伝わらない。
そう改めて決意した、
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