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「この職場全員の人生を背負うことなんてできないからね」

一昨年の忘年会で、
職場で1番偉い上司が笑いながら言ったことばだ。

そのときは、
「そうですよね」と話を合わせたものの、
その後2年間のうちに何度も思い出して、
その度違和感が増していった。

人生という表現を使われたから、
大袈裟に感じて、咄嗟に納得したけど。
1日8時間もかけて取り組む仕事を選ぶ際に
人生を考えずに決める人はいるのだろうか?

海外に住みたいから
語学力を身に付けたい。

子どもとの時間を取りながらも、
キャリアを諦めたくない。

ブランドバッグがほしいから、
とにかくお金が稼げる仕事をしたい。

どれも仕事の話であり、人生の話だ。





みんな人生を考えた上で、
少しでも理想を叶えられるように
仕事も選択しているのに、

どうして上司は開き直っているんだろう。

それも含めて
マネジメントっていうんじゃないの?

この上司が、私を評価する立場になければ、
「お好きにどうぞ」で終わる話だった。


 *


私が今まで面談で話してきた
目標や今後のキャリア、相談について、
この上司はどんなふうに受け止めていたのだろう。


「専門性を磨いて、この職場でプロになりたい」

「まずはこのチームで、専門性を高めたい」

「その後には、他のチームにいき、
 顧客対応力を身に付けたい」

「昨年は新人指導ができたから、
 マネジメントもしていきたい」

4年の付き合いになった上司に、
様々なことを伝えてきたが、
気にも留めていなかったのだろうと思う。


昨年、評価を伝えられる面談で、
なぜこの評価なのか。
 どうすれば、もっと良くなったのか知りたい

と私はきいた。

上司は、他の人の名前をだし、
はぐらかしてうまく答えられていなかった。

私は続けてきいた。
では、今年、私に何を期待しているのか。
 なにを達成すれば良いのか

『とくにないんだけど、
新しいチームにおいて、提案をすることかな』
とゴニョゴニョと上司はいった。
昨年度からすでにしていることだったから、
全く納得できなかった。 


.
.
.

いまから思えば、
この時から会社への不信感は募っていった。

何を基準に評価をしているのか
周りを見渡した際に、
上司の好き嫌いなのではないかと勘繰るようになった。

管理下の社員へハラスメント行為の多い人が
ヨイショがうまいから評価されていたり、
部下へすべて丸投げして
自分は定時に帰ることしか考えていない人が
上司からすると依頼しやすいから昇格したり、
不平等にもとれる様子を3年間たくさん見てきた。

他人を評価する際に、
明確な基準があるわけではないのか。
評価をする人間の器がないように見えるが、
そういう人が蔓延っている会社なのか。


そうして悶々と考えて、
異動届をだしたり、
部長面談をいれたり、
キャリアについて徹底的に考える半年を過ごした。



その上司は、私の異動希望の場においても。

推薦文に、
「くみさんがこんなレポートをかけるとは
全く思いませんでした。未来有望な部下です」
といらない言葉まで書いてくれた。 

まるで私がそれまで
仕事をしていなかったみたいな口ぶりで、
悲しくて悲しくて、仕方がなかった。

本当に何も、見てなかったんだな。


上司は、推薦文を書いてくれた日、とてもご機嫌だった。
「はじめて部下の推薦文を書く。
 寂しいけど、くみさんに受かって欲しいな」と呼ばれ、
一緒に駅まで帰ろうと誘われたくらいだ。




だから、
推薦文を見た時には、本当に絶望した。
声が枯れるほど泣いた。

上司からしてみれば、悪気は無かっただろうが、
私が 会社に対しても絶望するには
十分な出来事だった。





そして、今年の夏、
めでたくこの会社を退職した。


「新しい道に進むくみさん、
 本当に応援しちゃうな」と上司は、笑顔で送り出してくれた。

私は様々な思いを笑顔の裏に隠し、
最後の出勤を終えた。




新しい職場は

未経験業界への転職であり、
自分にとっては大きなチャレンジだった。

新卒時代に〈どうせいけないし、〉と
トライもせずに諦めた業界。

社会人5年間も無駄にした私が
いまさらやっていけるかなと不安を抱えつつ、
日々奮闘している。

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