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淋しい熱帯魚たち

歌舞伎町を彷徨って 〜 Heart on wave 〜

Lonely
ユラユラSwimmin' ユラユラDreamin'
愛が揺れる Stop Stop

雨の日の歌舞伎町は余計に空虚感が際立つ。ガラスの水槽の熱帯魚たちは水がないと生き得ないのに、歌舞伎町という大きな水槽を彷徨う熱帯魚たちは全然違う。雨が降れば降るほど心の潤いを無くし、枯渇していく。大きな水槽のはずなのに、もうそこからは抜け出せないような、小さな小さな世界のように感じる。なんか、精神支配の牢獄みたいな。そんな、矛盾と空虚が創り上げた街が歌舞伎町なんだな。

かつては私も、そんな歌舞伎町を闊歩する孤高な戦士だった。12月の雨があの時のあの感情を思い起こさせる。雨の中を泣いて、喚いて、啼いて。何が雨か涙かも分からなかった。寒くて辛くて悲しくて、心身共に激しい痛みが襲ってきた。路上スカウトの「お姉さん、傘あげる代わりに連絡先教えてよ!」という言葉も上の空だった。空虚感でいっぱいの私の心は、何を問い掛けられても響かなかった。響くのは大好きで愛おしくて仕方なかった、担当ホストたちの言葉だけだった。

雨の音を好きだと言い、雨の芳りが好きだと言う。「俺は雨を避けれるんだ!!」と幼子のように無邪気な笑顔で駆けて行く彼がとても愛おしかった。

いつも忘れ物をする彼が好きだった。電車内に私へのプレゼントを置いてきたと落ち込んでいた矢先に、一緒に入った飲食店で鞄を忘れる。仕事もできるし学もあるのに、子供のように慌てん坊で忘れん坊な彼がとても愛おしかった。

近くに来ると煙草の芳りがする彼が好きだった。煙草にアレルギー反応を示してしまう私だけど、無口で穏やかで高身長な彼には全くアレルギー反応を示さなかった。無口なままで、誰よりも細やかな気遣いを魅せる彼がとても愛おしかった。

大好きな海外のサッカーチームのことを一生懸命に話す彼が好きだった。私はサッカーなんて微塵も興味がないけれど、少年のような破顔一笑で物語る様子がとても愛おしかった。

大人に差し掛かったばかりの妙齢なのに、どこで覚え得たか分からない振る舞いをする彼が好きだった。居酒屋で私に飲み物を勧めるのに、彼は水ばかり飲んでいた。背伸びしたくて仕方なくて、でも時折隠しきれない儚さを魅せる彼がとても愛おしかった。

各々違う人だけれど、いつも傍に居た愛おしい人を全力で愛していた。愛おしくて憎くて仕方なくて、離れられなかったこともある。私が相手を殺めるか、相手が私を殺めるか、それをしないと到底終えられないと思うような関係性もあった。そんな彼と完全に関係が切れた時は、嬉しくてホッとして涙が止まらなかった。でも、同時に辛くて悲しくて絶望的で物凄く恋しかった。私はもう二度と、人生が変わっても、あの腕の中には戻れないんだなって。

そんな歌舞伎町から完全に抜け出せた今は、とても幸せだ。異常な青春を過ごした歌舞伎町での5年間。学生以降の私の人格形成は、歌舞伎町で成されたも同然。それまでの市井では絶対に体感し得ないような幻影の中で生きてきたのだ。どれ程のお金と時間を費やしてきたか分からないけれど、私にとっては間違いなく人生で1番preciousな青春を感じた5年間だった。

まるで、世界で1番長くて複雑でスリリングなジェットコースターに乗っているようだった。ディズニーのスペースマウンテンはあんなにハッピーで煌びやかなのに、何で歌舞伎町はずーっとずっと真っ暗なんだろう。同じ暗さでも全然違う。底なしの真っ暗闇で、どこまで堕ちれば良いんだろうって思っていた。歌舞伎町の電飾は、足下も心も何も灯してくれない。

だから、淋しい熱帯魚たちは光を求めて煌びやかなホストクラブに泳ぎ着くんだな。それが足下を灯してくれるのか、心を灯してくれるのか、もっともっと暗くなるのか誰も知り得ないのに。

Heart on wave, heart on wave
泳ぎだすけど
あなたの理想には追いつけなくて