見出し画像

神話,歴史,環境,そしていま立つ位置 -今津 景[タナ・アイル]@東京オペラシティアートギャラリー(-3/23)

 西新宿。

 東京オペラシティアートギャラリー。

 今津景 「タナ・アイル」。

 開催日の1月11日から、結果的に連休の3日続けて訪れることになった。

現在拠点にしているインドネシアと自身のルーツである日本の二つの土地での経験と思考に基づき、
自らが生きる場所について考える初の大規模個展。

今津景(1980- )は、インターネットやデジタルアーカイブといったメディアから採取した画像を、コンピュータ・アプリケーションで加工を施しながら構成、その下図をもとにキャンバスに油彩で描く手法で作品を制作しています。

今津は、2017年インドネシアのバンドンに制作・生活の拠点を移しました。近年の作品は、インドネシアの都市開発や環境汚染といった事象に対するリサーチをベースにしたものへと移行しています。それらは作家自身がインドネシアでの生活の中でリアリティを持って捉えたものです。

同時に、今津は現在起きている問題の直接的な表現にとどまらず、さまざまなアーカイブ画像を画面上で結びつけることで、インドネシアの歴史や神話、生物の進化や絶滅といった生態系など複数の時間軸を重ね合わせ、より普遍性を持つ作品へと発展させています。地球環境問題/エコフェミニズム、神話、歴史、政治といった要素が同一平面上に並置される絵画は、膨大なイメージや情報が彼女の身体を通過することで生み出されるダイナミックな表現です。

本展は、近年国内外で注目を浴びる今津の初めての大規模個展です。タイトルにある「タナ・アイル」とは、インドネシア語で「タナ(Tanah)」が「土」、「アイル(Air)」が「水」を指し、二つの言葉を合わせると故郷を意味する言葉になります。

現在生活するインドネシアと自身のルーツである日本という二つの土地での経験と思考にもとづく今津の作品は、鑑賞者に対しても自らが生きる場所について考える契機となることでしょう。

同上


4つのテーマ

 この展覧会は、4つのテーマによって解説されている。

 ① 神話「ハイヌウェレ」、② 開発と環境汚染、③ 日本とインドネシア、④ 平面から空間へ。

 展示は大規模なインスタレーションで、それを読み解こうとして3日も訪れる結果となった、というのもある。


日本軍の洞窟、マラリア特効薬

 第一の展示室。まるで洞窟の奥から、その入口を眺めているかのような光に導かれる。

 ここは……作家が訪れたGoaJepang(ゴア・ジパング)という洞窟だ。

 インドネシアのバンドン、日本軍の軍事拠点として使われていた場所。

「(中略)みるからに固い岩肌を手作業でくり抜いたような広大な暗い洞窟で、岩肌に見られる無数の掘削の跡は、当時のROMUSHA(日本占領時にインドネシア諸島の日本軍軍事建設などに従事させられた人)たちの労働が一撃、一撃と傷のように刻印されているように感じられた。

こわい。日本からこんなに遠く離れたジャワ島の深いジャングルの中で、インドネシアの人々に日本軍は一体なにをさせていたんだととても不安な気持ちになった。そして、申し訳ない気持ちになった。この不安な気持ちはインドネシアで暮らすにあたって折り合いをつけるのに苦労する気がした。」

展覧会で配布されたリーフレットより抜粋


キナ(マラリア特効薬)工場

 壁に展示された絵画類を鑑賞し、空間の中央に視線を移せば、

 まるで実験室のような佇まいのインスタレーション。

「キニーネはキナの樹木から抽出されるアルカロイド、白い結晶でマラリアの特効薬。(中略)

第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけて、キニーネは大変貴重な薬だった。その後、人工的な抗マラリア剤が開発され、キニーネの需要は減った。

(略)19世紀には、バンドンは世界一のキニーネ生産地となった。第二次世界大戦中は日本軍の接収され、陸軍キニーネ工場と名を変えた(後略)。」

同上

 その前には、培養されているかのような臓器?


ピンクの世界に広がる生と死

 最も広い展示室には、こんなインスタレーションが展開されていた。

 4つの「展示のキーワード」から、この文章が浮かんでくる。

① 神話「ハイヌウェレ」
インドネシア・セラム島の神話。ハイヌウェレとは、ココナッツから生まれ、自分の排泄物から異国の宝物を生み出す力を持つという女性の名前です。その神秘的な力を恐れた男たちによって生き埋めにされてしまいますが、彼女の遺体を切断し土地に埋めると、そこからさまざまな芋が育ち、島の人々を支えたといわれています。

今津はこの神話を、フェミニズムや植民地史などさまざまな角度から読み解き、さらに自身の出産といった個人的な体験と結びつけます。

④ 平面から空間へ
近年、今津の創作は絵画に留まらず、3Dプリンターによる巨大な立体作品や、インスタレーションなど空間へと展開しています。本展覧会でも、バンドンで行われていたというマラリアの特効薬であるキナの栽培をめぐる、新作インスタレーションが展示されるほか、会場内には骨格標本や土器などの巨大な彫刻が点在します。会場全体を通して今津の作品世界をお楽しみいただけます。

「タナ・アイル」展 展示のキーワード


 どこからどう観ていいのか、どこをどうフレームに収めていいのか、戸惑うくらいの作品があふれている。

 上を見て、下を見て、

 壁に沿って歩いたりしながら、

 

 周囲をみれば、みんな、思い思いに楽しんでいるようだった。


環境と生活と

 展示室を出ると、乾いた竹の音が響いていた。どこか懐かしい。

 カラ、カラ、カラ……。この音は、バリ島をはじめ、東南アジアのリゾート地で聴いたことのある音だ。

 向かいの壁には、こんな展示が。

 一面に並ぶ、淡水魚の絵。

「世界一汚染された川という異名を持つチタルム川。
バンドンの南から、ジャカルタ湾まで250キロメートルもの長さで流れるこの川は、主にバンドンとチマヒの繊維工場が垂れ流す有毒廃棄物が原因で汚染されている。また、流域に暮らす600万人に及ぶ人々の生活排水や、プラスチックごみの投棄によってたびたび水はせき止められ氾濫がおきている。
これによって川に住む6割の魚が死滅したという。
特に、在来種の魚は水質汚染に弱く、ナマズのような魚以外は消えてしまった。(後略)」

展覧会で配布されたリーフレットより抜粋

 以前に鑑賞したこの展覧会のことも、よみがえってくる。

 絵の、1枚1枚は、板に描かれている。手を伸ばせば冷たい、でも柔らかな生き物の感触が伝わってくるかのような、リアルさだ。

 その板1枚1枚にも、なにか別の用途に使われたあとに、キャンバスの代わりとして選ばれたもののようだ。

 とても美しい。

 同じく、展示のキーワードから。

② 開発と環境汚染

インドネシアで生活する今津にとって、先進国により繰り返される資源の収奪や、その結果生じている地球規模での環境問題は、日々リアリティを持って捉えられるものです。

今津は「世界でもっとも汚染された川」と呼ばれるチタルム川や、シドアルジョの天然ガスの採掘現場でおこった泥火山の噴出とそこで暮らす人々の生活など、現地を取材した作品を制作しています。

「タナ・アイル」展 展示のキーワード


3度も訪れた理由

 今、こうやってまとめてみて、開催からすでに3度、それも連続して訪れた理由がわかってきた。

 冒頭で述べたように、この展覧会を分解するなら、そのテーマとなるのは① 神話「ハイヌウェレ」、② 開発と環境汚染、③ 日本とインドネシア、④ 平面から空間へ、だ。

 異国の神話と歴史、うっすらとしか知らない、日本がもたらした負の歴史。そこに、異国に住まうという経験と、女性性やフェミニズムという自分自身の中から生まれた課題、そして現代の環境問題といった大きな問題。

 そうしたすべてがシャッフルされ、作品のなかに息づいている。そして、鑑賞している者の興味やそのときの気分によって、要素のなかのいずれかかがクローズアップして伝わるのだろう。

 恐怖といった、素直な感情をも含みながら、

 最後には、どこか癒される。




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集