【企画参加】 『桜色』 〜 #シロクマ文芸部
桜色に塗った爪の先には、よく似た色合いの紅志野のぐい呑みがあった。
淡雪の様なピンク色に、釉薬の縮れが美しい。ちらりと覗く赤い焦げも魅力的だ。この志野特有の「梅花皮」(かいらぎ)と呼ばれる偶然の匠な技にどうしようもなく惹かれる。僕は自称「ひびフェチ」だ。
そして彼女はそれ程骨董に精通している訳ではないけれど、毎月第一日曜にあるこの寺のがらくた市へ一緒に来ると必ずと言っていい程の確率で大きなモノを釣り上げる。
「こんなぐい呑みで、今夜は塩釜の『浦霞』でも味わいましょか。」
「いや、僕はそれを味わったキミを味わいたい。」
キミのひびへお神酒を滴らせ、緋色の桜をぱっくり口に含みたい。
「あ、これ『い』って書いてある。」
ぐい呑みの底をひっくり返して見る彼女が言う。
まさかと思いながら、ここへ乗せてと右手を出す。
「これは、『こ』じゃないかな。」
その刹那、僕は財布に二枚の一万円札があったはずだと胸を高鳴らせ、慌てて店主に渡した。
これが本当に『こ』なら、人間国宝加藤孝造の作品ではないか。
彼女は幸運の女神としか言いようがない。
帰りに先斗町の間口の狭い日本酒バーで、彼女の桜色の爪を愛でる。確か彼女の乳首の色もこんなだった。
「さっきの文字って?」
「そりゃ僕の部屋へ行ってからのお楽しみ。」
『い』『こ』か。
ろくろの回転と自分の気持ちがぴたっと合わないと思うものはできない、とは師の言葉。
キミともぴたっと合わせたい。
〈600字〉
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今回はこちらの企画に参加しております。
あはん♥