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—啓蟄—

季節という概念が曖昧になったまま、十一月が顔を覗かせた。

その日、私は何故か慌しかった。

稽古場へ行き用事を済ませた後、近所の書画展へ行った。
筆の跡が、黒く淀んだ蚯蚓の様だと思った。

書画を見た時の、言葉になりきらない感情は、
私ではない誰かの感情であると思えた。

私は初めて、文字が人の口から生まれるものではないと知った。

また、友人がギャラリーを構えたと聞いて、京都へも飛んで行った。
私は産まれて初めて、人にシャンパンを贈った。

そこでは、ある種の既視感を覚えるような、どこか忘れていたような、
そんな感覚になる作品が十点近く展示されていた。

私はいつも、自分が文章に対して不真面目であることに焦りを覚える。
それも、他人の芸術作品を見れば見る程。

その姿を見た誰かにとっては、空の宝箱のような一日だった。


春になり、虫や動植物が動き始める啓蟄と、
焦燥感に駆られて書き始める自分を重ねて書いた小品です。


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梔子


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