存在を問う自体が無駄【戯言小説】

『自分なんか居なくても良い存在だ』

　そう言いながら火を着けたばかりの煙草を
足元に捨て靴底で踏みつけた。

　何やっても上手くいきやしない。
バイトの面接に落ちた回数も数えきれない。
田舎に居る親も、俺とは出来の違う弟しか
息子は居ないと生きてるはずだ。
それは今に始まった事じゃない。
あいつらの事も考えたくない。

　キンキンに冷えた冬の街を
薄くなったダウンを着て、俺は歩いている。
そんな俺は誰の視界にも入りゃしない。

『もう、どうでも良い』
心で呟いたはずの言葉は口から溢れて続ける。
自分に吐き気がして
落ち着きたくて、ポケットに手を突っ込み
煙草の箱を取り出して、そこに1本も無い事を知って、ますます苛つきが増してくる。

　クソだな、本当。
俺もこの世も、親も何もかも。

空の箱を握りつぶし、道端に投げつけた。

『おい、営業妨害すんなよ』
　そう聞こえてきて、投げ捨てたはずの箱が
俺の背中に飛んで来た。
ふざけんなよと言いながら振り返ると
俺より頭一つデカイ男が見下ろしている。
　
　本当に世の中、クソだよな。
そう思いながらヤケクソで睨み続けると
そいつはニヤッと笑って言う。
『お前、虚勢張ってんけど、意味ねぇぞ』

そいつはニヤニヤしながら
歩道に置かれた小さな椅子に座った。
どっかりした身体にそれは似付かないが
気にする様子も無い。

『お前、何様だと思ってんだよ』
そいつは言う。
『お前に関係ねぇだろよ』
俺が言うと待ってましたとばかりにニヤついた。
『お前みたいな面してるやつは、大体おんなじ事しか言わねぇんだよな』

つまんねぇなぁと大笑いしながら
そいつは言う。
俺はイラつきが震えに代わっていた。
これは怒りなのか。

『お前、自分には生きてる意味がねぇとか言ってるけどよ、意味って何だよ』

　そいつはぎょろぎょろした目で俺を離さない。
意味、意味は意味だろうよ。価値だろうよ。
俺がそう言い返そうとしたことばを
そいつが打ち消した。

『ならよ、この世に絶対生きてなきゃいけない存在の奴って誰よ』

　はぁ？生きてなきゃ何ねぇ奴？
『政治家とか医者とか』
俺がそう言うと
『この地球上から1人の政治家が居なくなっても世の中変わんねぇよ。医者だってどんだけの数いるんだよ』

　俺は不恰好に立ち尽くすしたままだ。
『どんだけスゲェ事やった奴が居ても、そいつが居なかったら別のスゲェ奴が出てくるだけ』

　俺は自分の拳がもう震えていない事に気が付く暇も無いくらい、頭の中が忙しく感じていた。
そいつは俺に煙草の箱を投げて来た。
『まぁ、一本吸えや』

　自分から立ち揺らぐ煙を見て、俺は不謹慎だが
清流の水が身体に染み渡る様な感覚になる。

『どうも』
そう言ってそいつに箱を手渡すと、そいつは俺にも小さな椅子を進めてくれる。

　そいつは道路に座って絵を描いていると言う。
似顔絵だったり、風景画だったり、描いた絵に聞き齧ったお釈迦様の言葉を添えると、気の良い人が気まぐれに買ってくれるんだと言う。
それが仕事だと言うそいつの横で
フィルターギリギリまで1本の煙草を吸った。

『絶対この世に生きてなきゃいけない奴って、そうそういないよな。
そう思うと、自分に意味があろうと無かろうと
それ自体がどうでも良いと思わねぇか』

　俺は空気と混じっていく煙草の煙に自分を重ねて見ていた。
俺は雑多に混じっている。
薄く見えなくても無くなった訳じゃない。

　『煙草のお礼に一枚買うよ』
俺が言うとそいつは、ニヤつきながら悪いなぁとか何とか言っている。
俺は道路に並ぶ絵を見て、1番小さな絵を選んだ。

　ニヤついていたそいつの顔が一瞬曇った様に見えた。
何でこの絵なんだ、そう聞くんで
『1番気合いが入ってる様に見えた』
そう俺が言うと今までのニヤつきとは違う顔を見せた。
『そうか』
そう言ってそいつはその小さな絵に
何かを書き足して俺に手渡してくれた。

　絶対だった一人
そう書かれていた。
陽に焼けた幼い少年の絵。
にゅっと突き出たそいつの腕を見て
俺は唇を噛んだ。
　
　無数に付いた手首の深い傷はケロイドになっている。
『良いのか』
そう言うとそいつはニヤッと笑って、良いんだと言う。
『絵で無くてもいつも眼に見えてるからな』

　
　キンキンに冷えた冬の空の下を俺は
小さな絵を手にして歩いている。
誰かの絶対生きてなきゃならなかった一人を見ながら出た言葉は
『どうにでもなれ』
それはヤケクソではなく、どうにでもなるって意味で俺は言ったんだ。

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