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読書感想 『とりあえずお湯わかせ』 柚木麻子 「コロナ禍の育児と生活のリアル」

 この作者の別の作品は、以前に読んだことがあった。

 若い人にすすめられて「終点のあの子」を読んだ。自分からは、遠すぎる存在である女子高生の小説。

 オール讀物新人賞史上最強の「ガールズ系小説」。女子校の甘くて苦い出来事を、やわらかく繊細な文章で描く受賞作ほか全4篇を収録

 しかも、私立の学校のような雰囲気で、自分にとっては、さらに遠いことなのに、リアルで身近に感じた。それは、作者の文章の力のおかげだと思う。

『とりあえずお湯わかせ』 柚木麻子

 作者が出産直後の2018年から、2022年までのエッセイ集。それも、日記に近い内容で、かなり率直に文章にして、残してくれている。

 例えば、2019年には、こうした記録がある。

 インタビューなどでたまに「仕事と育児の両立の秘訣は?」と聞かれるたびに、正直に答えているが、そもそも両立できていない。

三十七歳が、もうだめだ、と、夜明けに泣いて騒いだ。仕事のメールやら調べものばかりするからだ、と何故か夫にスマホを取り上げられ、母の家に子どもと一緒に移動させられた。

母に子どもを任せ、私が何をしたかというと、仕事の連絡も確認せず、ひたすら眠り続けたのである。自分でもびっくりするくらい眠れた。夫がスマホを持って職場から様子を見に来た十五時間後までぶっ続けで寝たのである。

 我々は日々、どんなに主張が正しくても、伝え方がスマートでなければ、決して受け取らないからな、と社会から脅されている。でも、「日本死ね」だから国会まで届いたところもあるのではないか。結論からいうと、私の暮らしは破綻してしまってよかったのである。確かにみんなに迷惑をかけ、心配されたが、突貫工事でなければ、開かれない道もある。

生活と育児

 その後、予想もしないコロナ禍がやってきて、仕事をして、育児をする生活に入っていく。持病を持ちながらの、この年月のことは、その当事者でなければ分からない事ばかりだと思う。

 その貴重な経験や感覚を、作者は、言葉という表現で、きちんと残してくれている。だから、長くなるけれど、引用する。

 そもそも、出産した瞬間から、あれれ?の連続だった。あんなに綿密にスケジューリングしたにもかかわらず、家族の体調不良などいろいろなアクシデントに見舞われた。産後の回復も進まない。寝不足のせいで、仕事は滞った。乳腺炎というものが歯がガタガタ鳴るほどの寒気と激痛のコンボなんて知らなかった。保育園は四十個落ちることになる。お金はぎょっとするようなスピードでなくなった。ベビーカーで外出したら、見知らぬ男性に後ろから蹴飛ばされて子どもではなく私が泣き出してしまった。仲間たちとはそもそも会う時間さえない。そしてこの春、とうとうコロナ禍に直面し、すべては破綻した。苦労してやっと入った保育園は休園、母やシッターさんを呼ぶことは叶わない。私は肺に疾患があるため、外に出ないといけない夫とは距離をとって暮らすほかなく、ワンオペ育児をしながら自宅で仕事をすることになる。

 あれだけ準備してきた時間とはなんだったんだろう。真夜中、ぼんやり思った。私だけじゃない。ケア労働を担う日本の母親は、なんでこんなに孤独で、なんでこんなに自己責任で歯を食いしばらないといけないのか、それでも破綻する原因ってなんなのか、ずっとずっと考えていた。

 五年前、ドキドキしながら大量の武器をぎゅっと握りしめていた私を思い浮かべると、いじらしいと思う。なんて声をかけてあげればいいのか、迷う。ただ、一ついえるのは、そもそもそんなに準備しなければ、子どもを産むことさえできないこの国ってなんだか変じゃないか?当時の私が社会のあり方をそこまで疑問に思わなかったのは、やっぱり恥ずかしいと思う。自分だけはなんとか適応してうまく乗り切ろうと、武器を買い占め、絶対に離すまいとしていた。そこに同じ母親たちへのいたわりの視点や問題意識はあっただろうか。

 母親が武装することなく、そこまで緊張することなく、育児できるのが正しいあり方ではないか。私は今後も丸腰のまま、この主張を口にしていきたい。遅ればせながら、同世代や次世代の子育て環境が少しでもよくなるために、できることから始めたい。反省することができるのが、やっぱり真のヒーローだと私は思うのだ。

子連れで、恐怖しない世の中を

 こうした時間の中で、著者は、自分のことだけでも大変そうなのに、社会の出来事、特に、女性に今も襲いかかる理不尽さに対して、「NO」と言い続ける覚悟も継続させている。

 それは、中年男性である自分には、本当の意味で理解するのは不可能だとしても、こうした作品で少し想像することはできるし、そのことが可能なのは、女子高生の小説が身近に感じた時と同様に、その文章のおかげだと思う。

 つい最近、有名なお笑い芸人が新幹線で一緒になった、乳幼児に二時間半ずっとしゃべり続けていた女性を「うるさい」とテレビ番組で揶揄した。当然のことながら炎上し、彼は「子連れの大変さをわかってない」と批判された。

  このことで、著者は、この女性に向けて、手紙の形式で文章を続けている。
 その一部を、やはり長くなるけれど、引用する。とても重要な文章だと思う。

「とにかく子どもを泣かせるな」「子どもの存在は迷惑」と私たちは繰り返し繰り返し、社会から刷り込まれています。だから、みんな子どもを黙らせるのに必死です。同時にそれが不可能だともわかっています。だから、周囲に知ってもらおうとします。「私たちは、子どもがうるさくて迷惑なことをちゃんとわかっていて、静かにさせる努力をこんなにしています」と。「だから、お願いです。危害を加えないで」と。
 乳幼児に二時間半しゃべり続けたあなたは素晴らしいお母さんであると敬意を感じると同時に、何か涙ぐみそうにもなるんです。私が抱いているのと同じ恐怖を感じ、神経をとがらせ、危害を加えられないように必死な姿に。
 私たちが潜在的に抱く恐怖は、ある種の人々を逆なでしますよね?その人たちはおびえる母親を見るとまず最初に、自分が悪者になったような気がして、不安になります。次に自分の特権性がつまびらかになり、罪悪感が湧いてきます。そして、それを全力で打ち消したくなります。目の前の母親が大げさなのだと、おろかなのだと。自分は恐怖を抱かれる存在などではない、と証明したくなります。だから、母親を揶揄したり、攻撃したりします。その一部始終を見聞きした母親が、よりいっそう恐怖を感じるサイクルがずっと続いています。

 こんな社会で子連れで堂々と振る舞うなんて難しい話ですよね。でも、私は間違っていると思います。変えたいです。母親が、子どもが、恐怖しなくていい社会を切望します。少なくとも、次世代にはこんな理不尽を味わってほしくない。でも、今すぐにこの社会を変える力は残念ながら私にはありません。
 ただ、まだ見ぬあなたに声を届けられる力は多少ですが、持っています。だから、伝えようと思います。あなたの受けた批判は不当なものです。あなたは被害者です。私はあなたと同じ恐怖を知っています。私だけじゃなくて、あなたの味方は大勢います。
 どうかあなたとお子さんが安心して毎日を送れますように。お出かけ先の青空や緑を楽しめますように。どこかであなたと巡り合って、励ますことができますように。

コロナ禍での格差

 2023年の現在、感染の「第8波」は収まらず、年明け早々には、コロナ感染死者数が過去最多といったニュースも流れていた。

 ただ、亡くなる方は、圧倒的に高齢者層に偏っているので、社会の風潮は、健康で若ければ「コロナ明け」の方向に進んでいるのを感じる。私自身も、体が強くなく、若くもない。持病を持つ家族もいるから、相変わらず外出をなるべく自粛し、人混みは避ける生活を、自衛として続けている。高齢者もご近所に大勢いる。

 これから先も、医療体制が充実し、感染した時に素早く治療を受けられるようにならない限りは、この生活と不安が続くのも変わらない。感染を心配しないで済む人たちと、高齢者だったり、持病を持つ人たちとの「格差」が、今後、広がっていくように思う。

 自粛生活もいよいよ三ヶ月目。(中略)肺疾患があり十代の頃から入退院を繰り返しているので、ほとんど家から出ることもなく三歳になる子どもと暮らしている。外に出る必要がある夫が買い物などはすべて担当していて、その上で、感染を避けるため同じ家の中で生活を分けている。

 ノロノロ起きて、子どもが好きなアニメをぼんやり見る。人気がない住宅地を子どもと散歩するのが日課だが、前後の防備と消毒が、正直面倒くさい。子どもが元気でずっと喋っているので、うんうんと相槌を打つうちにあっという間に夜がやってくる。絵本を毎晩十冊は読まないと寝てくれず、力尽きてしまい、今日も仕事はできていない。子どもとゴロゴロしているだけなのに、何故か読書や映画鑑賞や運動をする時間が作れない。

 そもそも、家に何もない時、とりあえずお湯を沸かそうという知恵に、女も男も関係ないのではないか。全人類が持っていた方がいいライフハックだ。聡明さもインテリジェンスも、一部の選ばれし人間の特権ではなく、老いにも若きにもまんべんなく行き渡るべきだ。家事や周囲へのケアが誰か一人に集中しないことは非日常に限らず、とても大切だ。

 ハードルを下げに下げて、感染しなかったらオッケー。そんな風に考えて、2020年はなんとか乗り切ったが、国が経済政策を優先する限り、まだまだこの状態は続くだろう。そのしわ寄せはいつだって子どもやお年寄り、病院でケアを担う人々が受ける仕組みになっている。毎日大変だけど工夫して楽しく過ごそう、と不満を押し込んで無理に笑う時代はもう終わったのではないか。いつか全員がとりあえずお湯を沸かせる世界をイメージして、私は私の場所でNOを突きつけていきたいなあ、と思う。

 この著者の文章は2020年の頃だけれど、「第8波」で、コロナ感染死者数が過去最多を記録するような現在も、おそらくは、自宅にこもって仕事をし、感染を防ぐために、夫とも生活を別にする生活が続いているのかもしれない。

 今は、「コロナ明け」のことばかりが語られているように思えて、こうした人たちの声は聞かれていない。というよりも、著者が書いているように、現在でも、感染に気をつけなくてはいけない高齢者や、持病を持った人たちは、もしかしたら、声を上げる気力さえ残っていない生活が、今も続いていることを、改めて教えてくれていると思う。

おすすめしたい人

 現在、育児をされている方々。

 今も、コロナ感染に気をつけなくてはならない状態の人たち。

 もしくは、現在の社会で実質的な力を持っている男性。

 今回、引用は長めにさせてもらいましたが、全体は、さらに多様で、豊かな内容なので、もし、少しでも興味を持った場合は、著書を通して読むことを、おすすめします。


(こちら↓は電子書籍版です)。




(他にも、いろいろなことを書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。




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おちまこと
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