「常識」はウソのように変わることがあるのを、「乳酸」が教えてくれた。
歯磨きの仕方は、今の「常識」は、どうなっているのだろうか？
個人的な記憶だけど、最初は、歯に向かって横にゴシゴシと磨くのが正しかった。そのうちに、縦になり、さらには歯茎に当てるようにしてかきだす。になったはずだけど、そのたびに、これまでの「常識」はなかったように扱われていた。
本当だったら、これまでの「常識」のどこが間違っていたから、次の「常識」に移ったというような説明をきちんと聞いていれば、もっと納得がいったはずなのに、その理由は語られることがなく、「常識」が変わっていった。そのことで、いろいろなことを疑う癖はついたのかもしれない。
どうやら、今は、歯磨きに関しては、歯に当てて、細かく振動するように横に動かすのが「常識」のようだ。
疲労物質
体を動かすことについても、「常識」は変化してきた。
特にスポーツは、経験則が大きく、実績を残した人が、自分の経験をもとに語られたら、それに反論することは難しかった。
考えてみれば、元々の運動能力に恵まれているから、実績を残せたはずで、そういう元の体力自体がずば抜けている人たちの練習方法を基準にするのは、多くの平凡なプレーヤーにとっては、体に負担をかけすぎることも少なくなかったと思う。
例えば、すでに知っている人も少なくなってきた「うさぎとび」。
両ヒザを完全に折り曲げて、両足はかかとを浮かせるようにして、低い姿勢のまま、飛び跳ねて移動する。これは、昭和の時代に運動部にいた人であれば、一度は経験した練習方法だと思うけれど、今は、ヒザに負担をかけるわりには、トレーニング効果はほとんどない、と言われているから、もうほとんど行われていないはずだ。
こうした練習方法には、（あくまでも精神的な）根拠があった。
つらければ、つらいほど、効果が上がる。
そんな「体感」に基づく、しかも運動強者が語る「法則」が盛んだった時代があった。だから、夏に暑くても水を飲むな、も「常識」でいられたのだと思う。
そんな中で、ほぼ唯一、「科学的」と見られているエピソードが登場した。
それが、「疲労物質」としての「乳酸」だった。疲れたことを「乳酸がたまる」という言い方が「科学的」（と思われていた）時代があった。ある運動部では、血中の乳酸値を測定して、練習の強度を変えるといったこともされていて、それが進んでいるように見えていたのが、２０世紀末まで続いた。
「乳酸」の見られ方の変化
それが２１世紀になって、いつの間にか、「乳酸が疲労物質」というのは、間違いになっていた。
長時間運動した際の疲労は、乳酸蓄積が原因ではない。また日常生活では疲れたといっても、乳酸が溜まっているということ自体が通常はないので、日常生活の疲労に乳酸を持ち出すのはまったく不適当である。長時間作業をした後に、「疲れた。乳酸溜まった！」といったことにはなりようがない。このように疲労しているといっても、乳酸蓄積自体が起きていない場合が多いのである。
乳酸の役割についても、疲労物質なのではなく、いってみれば疲労を防ぐため、という全くの逆の作用がある事さえわかってきたようだ。
これまで運動時の筋疲労は、乳酸蓄積が原因とあまりに単純に決めつけられてきた。しかし実際には乳酸は疲労を起こすどころか、疲労を防ぐので結果的に疲労時に多くできると解釈できる。乳酸ができなくなると余計に疲労するといえる。
どうして、乳酸が「疲労物質」などと見られてきたかといえば、疲労すればするほど、乳酸が増えていく。そんな「事実」があったからで、確かに、その変化が一致すればするほど、乳酸が疲労の原因と考えてしまってもおかしくはない。
たとえてみれば火事と消防車の関係であって、火事＝疲労が大きいからたくさん消防車＝乳酸がいるのであって、消防車が多いから火事が大きくなったのではない。そして消防車の多さで火事の大きさを知るということである。
そして、これからもまた、「常識」が変わるかもしれないことまで指摘している。
疲労の原因は様々であって、多くの要因がある。疲労は複合的な現象である。そこで科学が進めば進むほど、さらに多くの要因が疲労に関係することがわかってくると思われる。
疲労ということでいえば、とても単純化していえば、「乳酸」は疲労を増す「悪役」から、疲労を防ぐ「善玉」になったので、全くの逆になった。「乳酸」は、「常識」はウソのように変わることがある、というのを身をもって示してくれた、ということなのかもしれない。
さらに、「常識」は常に更新しないと、本当に「時代遅れ」になることまで、教えてくれたと思う。
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