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とても親切な言葉
失礼な話なのだけど、最初はテレビで、その著者の作品が紹介されていて、面白そうだと思いながらも、そこで、その本の厚さで、読むのをちゅうちょしてしまった。
そのあとは、やはりテレビで話をしている姿を見て、その言葉の選び方と、話すスピードや声の感触で、これも勝手な話なのだけど、誠実な印象を持ち、そのあとにラジオでもっと長く話す言葉から、小説家であっても、社会という外側に対しても発言する大切さを改めて感じた。
人権の臭い
そのラジオでの話の中で、耳に飛び込んできて、印象に残ったのが、「人権の臭い」という単語だった。
そのエピソードは、ブログの中に描かれていた。
僕の大学入学は一九九六年。既にバブルは崩壊していた。
その大学時代、奇妙な傾向を感じた「一言」があった。
友人が第二次大戦の日本を美化する発言をし、僕が、当時の軍と財閥の癒着、その利権がアメリカの利権とぶつかった結果の戦争であり、戦争の裏には必ず利権がある、みたいに言い、議論になった。その最後、彼が僕を心底嫌そうに見ながら「お前は人権の臭いがする」と言ったのだった。
「人権の臭いがする」。言葉として奇妙だが、それより、人権が大事なのは当然と思っていた僕は驚くことになる。問うと彼は「俺は国がやることに反対したりしない。だから国が俺を守るのはわかるけど、国がやることに反対している奴(やつ)らの人権をなぜ国が守らなければならない?」と言ったのだ。
当時の僕は、こんな人もいるのだな、と思った程度だった。その言葉の恐ろしさをはっきり自覚したのはもっと後のことになる。
派遣のバイトもしたが、そこでは社員が「できない」バイトを見つけいじめていた。では正社員達はみな幸福だったのか? 同じコンビニで働く正社員の男性が、客として家電量販店におり、そこの店員を相手に怒鳴り散らしているのを見たことがあった。コンビニで客から怒鳴られた後、彼は別の店で怒鳴っていたのである。不景気であるほど客は王に近づき、働く者は奴隷に近づいていく。
その頃バイト仲間に一冊の本を渡された。題は伏せるが右派の本で第二次大戦の日本を美化していた。僕が色々言うと、その彼も僕を嫌そうに見た。そして「お前在日?」と言ったのだった。
僕は在日でないが、そう言うのも億劫(おっくう)で黙った。彼はそれを認めたと思ったのか、色々言いふらしたらしい。放っておいたが、あの時も「こんな人もいるのだな」と思った程度だった。時代はどんどん格差が広がる傾向にあった。
僕が小説家になって約一年半後の〇四年、「イラク人質事件」が起きる。三人の日本人がイラクで誘拐され、犯行グループが自衛隊の撤退を要求。あの時、世論は彼らの救出をまず考えると思った。
なぜなら、それが従来の日本人の姿だったから。自衛隊が撤退するかどうかは難しい問題だが、まずは彼らの命の有無を心配し、その家族達に同情し、何とか救出する手段はないものか憂うだろうと思った。だがバッシングの嵐だった。「国の邪魔をするな」。国が持つ自国民保護の原則も考えず、およそ先進国では考えられない無残な状態を目の当たりにし、僕は先に書いた二人のことを思い出したのだった。
この話は、かなり印象も強く、ただ、少しでも考えれば、大学卒業時が就職氷河期と言われる頃で、しかもフリーターをしながら小説家を目指すという、失礼な憶測かもしれないが、先の見えない不安の中で過ごしていたと想像もできるので、そういう時間の中だからこそ、そうした言葉に出会ったと言えるのかもしれない。
そうした言葉を、伝えてくれたから、このエピソードも引用させてもらえて、こうした記事↑も書くことができた。だから、感謝する思いがある。
小説を書くときに、心がけていること
そのブログの文章は、著者にとって初のエッセイ集の中にも収められていた。
この書籍は、17年間にわたる文章で、日常的な欲望から、社会的な視点まで、とても幅広いことについて書かれていて、それは、人間が生きている時の自然な思考に近いと思われるけれど、この時間の中でデビューから芥川賞受賞、また書いたエッセイによって弾圧のような経験もあったようなのだけど、読者としては、基本的な姿勢が変わらないように感じた。
ここには、偉そうな言い方になったら申し訳ないのだけど、「初心を忘れない」ということが形になっているように思えた。
さらには、本当は、こうして部分的に引用するのも失礼だとは思うし、少なくともエッセイであれば、全文を読んでもらうのが筋なのはわかっているのだけど、この書籍に収録されている書き下ろしである「作家志望の方々に」が、あまりにも親切だったので、紹介したいと思った。
そこには、最初に新人賞に落選してから、心がけたことなど、著者自身の経験も率直に書かれている。
一つ目は、人より多く努力すること。人より、と言っても比べようがないので、つまり、そういう気持ちということ。
二つ目は、自分を客観的に見る、ということ。何かを目指している人はどうしても、過信してしまうことがある。
この二つ目に関して、さらに具体的な方法まで書かれている。
プリントアウトして、一定期間寝かしてから、そのプリントアウトしたものを冷静に読んでみる、ということだった。「これは分断で話題になっている、歴史的な作品」という前提で。
そうしてみると全然駄目だった。びっくりした。
作家になるためには、書く能力だけでなく、読む能力もいる。読む能力が高ければ、自分の作品のどこが駄目なのかわかることになる。
読む能力を高める方法は、当然だけど小説を読むこと。小説を読んで、解説を(できればいい解説を)読み、作品理解を深めていくこと。そうすれば、誰でも読む能力は上がる。
私自身の個人的な経験だけど、昔ライターをしている頃に決定的に欠けていたことを思い出す。小説家ではなかったけれど、「読むこと」が圧倒的に不足していた。(だから、売れないライターだったのかも、とも思う)。そして、恥ずかしながら、手遅れかもしれないけれど、今からでも、もっときちんと読もうという気持ちになれた。
最後の三つ目は、これまで受けてきた影響を出す、ということだったが、ここは、特に部分的に引用すると正確に伝わりそうになかったので、できたら、本書を読んで欲しいのだけど、自分の核に気づいて表現する、という、小説だけではなく、美術の世界でも共通するようなことだと思え、同時に、その難しさも改めて感じたものの、こうしたことを現役の小説家から伝えてもらえるかどうかで、その浸透する程度は、変わってくるとは思う。
とても親切な言葉
さらに、書くための「過程」についても言及されている。
何かを真剣に目指すのは苦しい。だからある意味「逃げを残していい」と僕は思う。
僕が考えたのは、大学を卒業してまず二年、小説執筆に集中する、というものだった。まず二年やってみて、駄目だったら、そこからは就職しながら作家を目指そうと。フリーターでい続けるのは恐かった。
こうした目指す途中の方法だけではなく、もし、小説家になって、書けなくなった時のことまで記してくれている。
自分の書きたいことがわからなくなった時、試すとよい一つの方法がある。
どこかの静かなホテルで部屋を取り、ノートを開き、そこに、「誰にも見せない」ことを前提に、恥ずかしさも躊躇も捨て、自分が思うままのことを、書いてみるのである。それを読み返した時、そこに恐らく、あなたの書くべきテーマがある。
かなりの確率で「自分って汚れてる……」と思うだろうけど、そんなことはどうでもよい。それは作家にとって、良くも悪くも武器となる。あとはそれを小説として、客観性も意識して構築していけばよい。
さらに、文学というものに関しても、おそらくは勇気を持って、著者自身の言葉で断言している。
文学とは何か、という問いをよく聞かれるので、ここで書いておくと、そこに書かれた言葉の意味の全体で、その全体以上のものを表現しているのが文学だと僕は思っている。では純文学とは、という問いに対しては、ここからは主観だけど、その中で「深い」ものが純文学だと思っている。
だから、社会からはミステリーと思われているものにも、僕は純文学性を感じることがある。逆に社会からは純文学とされているものにも、時々文学でもないと思うこともある。
そして、このエッセイを紹介しようと思ったのは、さらに、こうした「とても親切な言葉」があったからだ。
作家志望の方々、何かを目指している方々に一番伝えたいのは、何かになってから自分の本当の人生が始まる、とは思わない方がいいということ。何かを目指している時も、かけがえのないあなたの人生だということ。だからどうか、辛いことが多いと思うけど、その間も楽しんで欲しい。できるだけでもいいから、楽しんで欲しい。
これは結果として、小説家になるという夢が叶わないとき、もしかしたら、残酷に響く可能性もあるけれど、それでも現役の小説家が、まだ小説家になっていないけれど、なろうとしている人間に対して「作家志望の方々」と名指した上で伝える言葉として、ここまで誠実で親切な表現は、個人的には初めてだった。
だから、まだこの著者の作品をロクに読んでもいない人間が、こうして紹介すること自体に、後ろめたさはあるものの、noteで3年以上、記事を書き続けてきたのだけど、このnoteでは真剣に作家を目指している方々が多いという体感があるので、伝えようと思いました。
できたら、勝手なお願いだと思っていますが、本書そのものを手に取って、全部を読んでいただきたいとも思っています。
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