読書感想 『野球短歌 さっきまでセ界が全滅したことを私はぜんぜん知らなかった』 池松舞 「かたちになった情熱」
保坂和志の「小説思考塾」に、保坂氏の対話相手として登場して、そのことで、この著者を初めて知った。
それで、『野球短歌』のことを知った。-----どうしても、短歌や俳句など定型詩に関しては、気持ちの構えが出てしまうのだけど、それは、自分が無知であるための先入観であることを、扉から分からせてくれたように思った。
そこからは、余白の多いページをめくりながら、気持ちがあふれている、別の世界があった。
『野球短歌 さっきまでセ界が全滅したことを私はぜんぜん知らなかった』 池松 舞
その世界観のシンプルさを示すように、目次の言葉もあっさりしている。
著者にとっても、初めて短歌をつくり続ける日々だったようで、そして、個人的には、阪神タイガースの選手たちのことも、失礼ながら、ほとんど知らないのに、短歌と共に2022年のシーズンが進んでいくと、そこに巻き込まれるように、その選手たちがフィールドに立って、動く姿が見えるような気がしてくる。
日付けのあとに、○がついていれば、阪神の勝利。×は、負け。△は、引き分け。すでに、ここだけで、何かを語っているように思えてくる。
タイガースが負け続けているとき、あのスタンドで、どんなことが起こっているのか。これだけの文字量で、これだけ伝わってくるのかと思う。
糸井嘉男という選手が引退した日の試合には、少し補足が入っている。だけど、当たり前のように、糸井という名字だけの表記だった。それも、含めての「野球短歌」という感じがする。
本当は、こうして一部だけを抜き出して紹介するようなことをするのは、著者に対して、このシーズンの阪神タイガースに対して、失礼な気もするのだけど、私のように、これだけ知らない読者であっても、読み進めると気持ちが巻き込まれ、少し熱くなってくるのがわかった。
それは、すごいことだと思う。
生み出されたもの
「あとがき」の中で、著者は、こうしたことを書いている。
いつも短歌を詠んでいる人ではなかった。それ自体が、2度と訪れない奇跡のような感触があるが、ただ、それがかたちになっていったのは、自らに課したルールのようなものが後押ししたようだった。
こうした切実さや誠実さや熱量によって「野球短歌」は、いのちを帯びていき、そのため人の目にとまり、こうして書籍になり、より多くの人間にまで届くようになったのだと思う。
何かを表現しようとするときに、多くの言葉を尽くしたくなる。
だけど、こうして制約の中で伝えようとすると、そのある種の圧力自体が、より熱気を生んで、人を巻き込むような力を持つことを、改めて思い出させてくれた。
とても個人的なことだけど、昔、スポーツの現場にいて、取材して書く仕事をしていた。「野球短歌」のように、熱気や気持ちそのものが、直接伝わるような文章を書きたかった、ということも思い出した。
偶然が重なり、そこに作者の情熱が注がれ続けることで、生み出される作品はすごいと、改めて思った。それは、2度とできないことかもしれないけれど、同じシーズンは2度とない、ということと同じなのだろう。
(他にも、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。
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