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ショートショート:目覚めのカシスウーロン
今日の飲み会は失敗だった。
職場の飲み会なんて普段は行かない。今回は少しだけ気になっている瀬下さんが来るらしい、と聞いたから参加しただけだ。
確かに瀬下さんも来ていたけれど、席のせいでほとんど話せなかったし、二次会の途中で彼女は帰ってしまった。
あーあ、つまんねえの。
三次会のカラオケを断り、俺は近くのバーに寄った。すでにある程度酒はまわっているけれど、ひとりで飲みたい気分だ。
程よく混んでいる店内。カウンター席に座り、寡黙な若いバーテンにおすすめを尋ねるとソルティドッグが出てきた。
爽やかで、この季節にぴったりだ。グラスのまわりの塩は、全部なめたほうが良いのだろうか。酔った頭でぼんやり考える。
ぼんやりしたなかでも明らかなのは、たらふく飲み食いしたあとに飲む酒ではないということだ。少なくとも俺にとっては。
ああ、酔いがまわってくる。
ミックスナッツと、カシスウーロンを注文した。こんな洒落たバーにもカシスウーロンを置いてあるのはありがたい。
「カシスウーロン、薄めで」
付け加えると、バーテンは黙ってうなずいた。
ひどく薄い(ありがたい)カシスウーロンをちびちび飲んでいると、ふと、バーテンの黒いサラサラヘアに白髪が一本あることに気付いた。左耳の少し上。気になるなー、抜いてやりたいなー、と、酔った頭でぼんやり考える。
あーあ、瀬下さんと飲みたかったなー。
瀬下さん、何してるんだろなー。
「あれ?菅くん?」
酔っている。酔っているせいか、瀬下さんの声がする。
「菅くん、隣、良い?」
また瀬下さんの声がする。そして、隣に誰かが座る。
ようやく俺は、はっとした。
「え、瀬下さん?」
瀬下さんがいる。本当に。俺のとなりに座っている。明るい髪色のサラサラボブが揺れている。大きな目が、俺を見ている!
「偶然だね!」
「う、うん」
一気に酔いがさめたような、でも火照っているような、奇妙な感覚だ。
「何飲んでるの?」
ああ、しまった。さっきまではソルティドッグだったのにな。よりによって薄めのカシスウーロンだよ。でも嘘つくわけにもいかないしな。
「…カシスウーロン」
「…へえ」
「まあ、その、逆に、ね?」
逆って何だよ。馬鹿か、俺は。
「じゃあ、私もそれにしよう。カシスウーロンください!」
なんてことだ。女神がいる。
「結構おいしいね」
女神は、カシスウーロンを飲みながら微笑んだ。
「菅くん、ここにはよく来るの?」
「まあ、たまにね」
本当は二回目。
「へえ、おしゃれ!菅くん、大人っぽいから似合うね」
「そんなことないよ」
やばい。幸せ。
それから、俺と瀬下さんは他愛もない話をした。仕事のことやら、趣味のことやら。ついでに、瀬下さんの好みのタイプも聞いてみた。瀬下さんは少し考えて、
「落ち着いた、大人っぽい人かな」
と答えた。大人っぽい?
瀬下さんさっき、俺のこと大人っぽいって言ってなかった?頬が緩みそうになるのをこらえる。落ち着いていることが大事なんだ。
俺が薄いカシスウーロンを飲み終えるまでに、瀬下さんは顔色ひとつ変えずにカルーアミルクを二杯頼んだ。
このあと、もしかしたら…、という気持ちは無いわけでもなかったが、今日のところはいったんお開きにした。だってほら、落ち着いてる方が良いわけだから。焦るのは馬鹿のすることだ。瀬下さんも笑顔で
「また飲みましょう」
って言ってくれたし。
それから数日。俺は瀬下さんを飲みに誘うタイミングをうかがっていた。あんまり早すぎてもよくないが、そろそろ良い頃だろう。
家に帰ったら連絡してみるか。
そんなことを考えながら町を歩いていると、向こうから幸せなオーラが流れてきた。
なんと、道の向こうから瀬下さんが歩いてくるじゃないか!
しかし俺は、すぐに違和感に気付いた。
何かが瀬下さんにくっついている。
男が、隣にいる!
瀬下さんと腕を組んで歩いている!
唖然としているうちに、ふたりはすぐそばまで来ていた。
この男、どこかで見たことがある。
男の左耳の上が、きらっと光った。なんだ?とよく見ると、一本の白髪だった。
男は、あのバーテンだった。
すれ違いざま、ふたりは俺に気付いたようだ。男はへらっと笑い、瀬下さんはいたずらっぽくウインクした。
なんだ、こいつら!
そういう関係だったのか!
じゃあ、あのバーでの俺と瀬下さんのやりとりを、バーテンはぜんぶ聞いてたのか。
薄めのカシスウーロンの件も、瀬下さんにばれているということか。
というか瀬下さんの好きなタイプって、そのまんまあのバーテンのことじゃないか。
ふたりして、俺の反応を楽しんでたのか。
なんて悪趣味なんだ!!
俺はふたりにからかわれていたのか!
馬鹿にしやがって。腹が立つ。
腹が立つけど…、なんだろう、この感覚。
なんかちょっと、悪い気はしないんだ。
奇妙な快感を抱く俺がいた。
※フィクションです。
私はカシスウーロン好きです。