『あのとき始まったことのすべて』
#わたしの本棚
数年前に書いた日記を読みながら、宿泊したゲストハウスで出会った二人組のことを思い出している。
別に顔を覚えている訳でもなく、インスタのストーリーを通じて細くつながる縁。ゲストハウスで出会う人たちとは一期一会の気分だが、ごくたまに連絡先を交換したくなる人とも出会う。
そんな出会いには『あのとき始まったことのすべて』という本がピッタリな気がする。日記というのはあのとき始まったことのすべてを書き留めてくれているのかもしれない。
ここからは本の感想。
「ブラジルで一匹の蝶が羽ばたくと、それがテキサスでトルネードになるらしいぞ」
[あらすじ]
社会人3年目、営業マンとして働く僕は、中学時代の同級生、石井さんと10年ぶりに再会した。奈良の東大寺を訪れた修学旅行や、複雑な気持ちを秘めて別れた卒業式。当時の面影を残す彼女を前に、楽しかった思い出が一気に甦る。そして新たに芽生えた思い…。しかし、一夜を共にした僕らに待っていたのは意外な結末だった――。きらきらと輝いていたあの頃を丹念に掬い上げた、切なくて甘酸っぱい最高純度のラブストーリー。
[内容]
不確実性が支配する環境下では、気づかないほど小さなことが、時間とともに、予想の出来ない巨大なことに変化する。これをバタフライ効果という。カオス理論の用語で、本作『あのとき始まったことのすべて』は十年前の「あのとき」にあった、主人公たちの小さな羽ばたきが、十年後にどんなトルネードになったかを、美しく見せてくれる大人の青春物語。表現が素敵で、魔法かけられたみたいにふわふわする。
中村航さん。個人的に有川浩さんに並ぶ、ベタ甘小説の作者だと思っている。本作はあらすじにもあるように、キラッキラの青春を振り返りながら今が展開される恋愛小説…眩しい。
と、ここまでが第一章の抜粋である。ふたりの記憶は時に食い違い、時に欠落しているのだが、「覚えている」と「忘れていた」の中間で言語化されずに十年間眠っていたそれを補完する過去篇──それこそまさに"あのとき"──が、更に別の人物の視点で描かれるという構成もニクい。二人の記憶の答え合わせをしている気持ちになれてしまう。本作のおもしろくて特徴的なところはストーリーはもちろんだが、その構造にあると思う。「いま」のことが岡田君の視点で語られ、十年前の中学生活である「あのとき」は別の章、別の視点で語られる。時間軸上のふたつの視点から眺めることでバタフライ効果を立体的に観察することができる。シカとかアボカドの種とかベアリングとかそういった頭に残るキーワードが度々出てくるのも面白いところ。その内容は読んでからのお楽しみということで。
個人的に好きな台詞集
「この街のメダルは、全部おれのものだよ」
「まさに不慣れな局地戦だったな」
「おれらは歴史から『おれらは歴史から何も学ばない』ということを学ぶ」
「寿司とナックルボールは回転しないほうがいいですね」
「牛乳を配るものはこれを飲む者より健康である」
記憶に残る、何度も読んだ本だ。日記の挿絵がバタフライなのも運命かもしれない。
今の私は出会ってきた全てのヒト・モノ・コトによって形成されていると思います。これまでにいただいま縁や恩を他の形に昇華して、次世代の人にまで届けられるように、引き続き頑張ります。