「作用素ですか」「さよう」(親父ギャグ)
量子力学黎明期の論文を今年に入って少しずつ解読しています。
とりわけディラックのものは面白いです。一見とてもスマートでクレヴァ―で、しかしよく考えると一方通行でしか謎が解けていない、そういう論述スタイルは、反面教師的に学ぶところ大です。
固有値が理解のカギです。
行列を習うと出てくるアレです。対角化とか固有方程式とか、ああいうの。
1920年代当時、この分野に精通した物理学者はあまりいなかったと思います。なぜなら高校どころか大学でも習っていなかっただろうから。
1924年に、ダフィット・ヒルベルトの高弟クーラントが『数理物理学の方法』(上下巻)を上梓し、物理学者たちに行列の理論とその使い方を提示しました。
つまり当時において最先端の前衛数学でした。
量子力学の前衛・俊英たちがどれも1900年代前半生まれなのも、行列いや線型代数という前衛数学を独力で習得できるような若輩であったからです。
ボルンやシュレディンガーのように19世紀生まれの中堅さんもいらっしゃいましたが、前者は前衛数学に精通した教え子に恵まれたのと、後者は物理数学の当時のあらゆる技の熟練者だったからです。
そんなシュでさえ線型代数はどこまで理解できていたのか、論文を読んでいくと疑わしいです。彼は微分方程式派でした。
私自身、どこまで分かっているのか、彼らの論文を解読するうちに自信が揺らいできました。
それで学びなおし中です、作用素論まで。
固有値のアイディアの萌芽は、18世紀にオイラーやダランベールたちが繰り広げた「弦論争」からなのは無論知っていましたが、19世紀末にフランスのポアンカレが、熱伝導の微分方程式を解くための裏技として研究していたことに気づきました。いえ一応知ってはいたのだけど、あまりピンとこなくて、それが今になって「ああなるほど」なのです。
彼の博論は微分方程式についてのものでした。微分方程式を積分する際の課題についてで、やがてこれが太陽系内の自由運動している複数の物体のふるまいを説明するのに使えると気づき、数学と力学の両方で画期的研究を残していきます。
そのひとつがこれ。1885年、流体力学や回転流体に関する研究。
この一連の研究が、ノルウェーからパリに留学してきたエリック・フレードホルムという方を刺激しました。この方はポアンカレと面識があったかどうかはわかりませんがパリの解析学者たちからこのテーマの数学を聞き知ったようです。
1903年、積分方程式を解くのに無限次元行列が使えるという論文 "Sur une classe d’équations fonctionnelles" を上梓しました。
これに刺激されたのがドイツのヒルベルトでした。当時の世界の数学界の最高峰ゲッチンゲン大学の看板教授。彼とその教え子たちは、やがて固有値の考え方を提唱しました。
これが1920年代半ばになって、当時の超前衛物理学・量子力学を生み出すとともに混乱も招いていくのだから面白いです。それを収めていくのもヒルベルトの一派でした。
数学史と物理学史の両視点で眺めると、面白いです固有値論そして作用素論への展開ぶりが。