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短話

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記事一覧

【短話】運び損ね

それで、どうしたの?
ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。
いやぁ。でも、渡せなかったんです。
えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。
じゃあ、こうしようよ。
バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。
今、ここにいるのが僕たちね。
はい。
それで、あなたが行きたいところがここだと。
はい。
じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。
えー、それはまず、ここ

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【短話】手のひらの小箱

【短話】手のひらの小箱

手元に小さな箱がある。
縁には埃がついている。
払ってみてもキレイにならず。
布巾を濡らして拭ってみる。
包むよう全体を触って。
思った小さい感じ方。
内に隠れる大きさ。
強いとそれは潰れてしまう。
へしゃげたって出てこない。
悲しい気持ちだけが残るだろう。
だから私は閉じた手揺らし。
角打つ感触確かめる。
ここは落ち着く気持ちがあって。
心臓は身体の外に出せてしまうほど。
操れてしまう気持ち。

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【短話】透明な船

船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。

魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。

泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけ

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【短話】穂の黄金

【短話】穂の黄金

穂がなびていて。そこに、一匹のてんとう虫を見つけた。夜になっても光らないけど、ちゃんと見えていた。かき分けて、かき分けて探せたから。一本だけ、丈夫なもの。それを掴めればよかったから。

 ***

夕陽が昇っていた。私はそう思ったの。顔を逆さまにしてたから。それでも、血は下に降りていくのね。

オレンジ色になったの。穂に絨毯が被さってね、耐え切れると思ったんだけど、やっぱりダメだったみたい。軽すぎ

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【短話】双子の流れ星

空に青空が広がっていた。歩いている私。流れる河。浮いていた。小さな石ころが。降っていた。小さな結晶が。それは、私の涙か。
学校からの帰り道。今日も、悪口言っちゃったなって歩く。言葉はもう元に戻らないのに、頭で何度も再生して、抹消された記憶を捏造してみる。違う、現実じゃない。理想ばかりの現実。でも、今歩いているこの道こそ、理想ばっかりで。
河のせせらぎ。スカートの裾が隠れる草っぱ。足首をこしょばせ、

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【お話】2023年10月17日

打ち込んできた。
避けれたかどうか分からない。
接触感はない。
過ぎていく。
みてももう遅い。
遠くに行ってしまった。
追いかけても仕方がない。
踏ん張る。
振り返る。
戻った。

 ***

歩いていた。
鳴った。
自分だ。
無視した。
どうにでもなれ。
気張る。
遠くなった。
向こうだ。
渡った。
合わせた。
呆れる。
向こう見ず。
振り向く。
来ていた。
来た。
迫る。
通る。
向かった。

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【短話】中華料理屋

油の揚がる音がする。カウンターの前に座っている私は、両隣が男性に挟まれてしまい、少々息苦しい。しかし、これから来る料理、待ちに待ったあの料理とご対面できるとなると、それも我慢できる。

ここは昔ながらの中華料理屋さんで、玄関を入ると床がベトってしてるし、入ったら煙がムアっと顔に当たり、前髪は結んでおかなくちゃならない。

テーブルは三つで、それぞれ四つの椅子、けれど一番奥のところは椅子三つ。そして

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【短話】ふかい体験

とどのつまり、それって深いってことよ。
え?不快?
そうそう。だって、つい気になるでしょ。
まあ、気になるから不快なのかも。

横断歩道を渡っていく。
向かいにからは誰も来ない。

いやぁ。最近深い体験してないよ。
えー、まあしなくていいじゃない?
え、したくない?物足りないじゃん。
んー、したいかぁー。軽い刺激みたいな?

角を曲がる。
細い道を挟んで高くなる道路。

だってさ、慣れてきたなぁー

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【短話】パイプの工事

地下のパイプを工事をしていると、地上の音がいろんな風に聞こえる。
ウォーウォー泣いているのは、人が歩いている音。
カーカーカラスの鳴き声みたいなのは、赤ちゃんの鳴き声。
クークー熊の寝息みたいなのは、電車が通り過ぎる音。

工事が終わり、マンホールから顔を出す。
どうも、こっちの方が穴だらけ。
でも、要請があるのは地下だけで。

お金がもらえないなら工事しない。
こっちだって生活がある。

至る所

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【短話】草原の晴れ

晴れた日のこと。
草原の晴れ
お日様が焼いた。
座っている側で、草がしなっていく。
暑い。
オゾン層が一枚剥がれてしまったみたい。

紫色に空が押し寄せてきて。
飛んでいる鳥が低空飛行して。
木はテッペンを垂れ下げていて。
ベンチに誰かが座り始める。

歩く元気がなかったから、這って向かう。
ベンチの人は、座れない私をじっとみる。
手を差し伸べてくれるわけでもない。
ちょっと笑って肩を揺らして。

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【短話】ヒーロー

画面に登場したのは、一人のヒーロー。
背後の爆発、靡くマント。

勢い強過ぎたのか、マントが顔にかかる。
なかなか剥がれそうになくって、それでも登場ポーズを決めていて。
なんだかかっこいいって思った。

呼吸はできてるのかしら。
あ、でもマスクで確保されてるか。

果たして、隠れたマスクから何が見えているのか。
赤くて薄い生地。その奥の黒くて薄いプラスチック。

まあ何も見えてないでしょ。

風が

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【短話】ピーちゃん

手を伸ばし、胸いっぱいに吸う。
ここはとっても豊かなところ。
みんながいて、一人ぼっちにならないところ。
ピーちゃんが声をかけてきた。

ねぇ、一緒に遊ぼうよ。
えー、何するー?
うーん。トランプ!
お、いいねいいね、トランプトランプ。

葉っぱをいくつか用意して、地面に丸を書く。
ピーちゃんが手札から一枚置いた。
私も真似て、一枚置く。
ピーちゃんは考えながら、次の一枚を隣に。
私も自分の隣に置

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【短話】扉

差し迫っている。
もうすぐ〆切だというのに間に合うか。
気づけば朝が来ている。
寒かった空気が部屋から出ていく。
でも、押し入れの空気は出ていかない。
作業を一旦やめ、押し入れの前に。
額を扉ギリギリに近づける。
中の物音を聞く。
ガサゴソと、布団の中で動く音。
口がにやけてしまった。
私は飼っている。
手を表面に当て、中の温度を感じ取る。
ここの部屋よりは暖かい。
よかった。
扉をさすり、荒い紙

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【短話】店

これいくら?
大した値段じゃないよ。
でも、みるからに高そうじゃない。
いや、他のお客さんもそういうんだけど…
意外とそうじゃない?
そう、そう。
もし、もしね、あなただったら欲しい?
それゃ…そうだ。
今、迷ったよね。
いえ、買った時の喜びを想像してました。

その時、人が割り込んできた。
これください。
へい、どうぞ。
あれよあれよという間に買っていった。

ほう。買うんだ。
買うんだよ。

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