【短話】扉

差し迫っている。
もうすぐ〆切だというのに間に合うか。
気づけば朝が来ている。
寒かった空気が部屋から出ていく。
でも、押し入れの空気は出ていかない。
作業を一旦やめ、押し入れの前に。
額を扉ギリギリに近づける。
中の物音を聞く。
ガサゴソと、布団の中で動く音。
口がにやけてしまった。
私は飼っている。
手を表面に当て、中の温度を感じ取る。
ここの部屋よりは暖かい。
よかった。
扉をさすり、荒い紙質を確かめる。
一階で物音がした。
多分母親だ。
朝ごはんを作っている。
お弁当だろう。
トイレの音も聞こえた。
きっと父親。
母親が起きたから、一緒に起きた。
また寝るに違いない。

二人とも、私が起きていたとは知らない。
私は勉強机の前に相対していた。
誰にも邪魔されない時間が必要だった。
九時に部屋に戻り、十時から始めた。
間の一時間は、押し入れの様子を見た。
とても静かにしていた。
いるか心配になり開けようとも思った。
でも、それは気の焦りだと思われた。
表面に耳をすませば、ちゃんと聞こえる。
そこにいると分かれば、もう安心だった。
歯磨きも済ませてあるし、準備できてる。
机の引き出しをあけ、紙を取り出す。
卓上ライトを調整する。
いや、今日は月明かりでいいや。
ライトを消し、カーテンを開ける。
思ったより眩しい。
ふすまがガタッと揺れる。
喜んでいる。

部屋の温度に色が加わった。
白いシートの壁に黄色が溶けていく。
押し入れの隙間に黄色が入っていく。
中の空気と入れ替えだ。
青色が出てきた。紫色に近い。
その様子を見て、鉛筆を手に取る。

夢中になると時間を忘れてしまう。
時計をみると三時。月はまだ二時なのに。
床は紫色に浸っていた。
ぶら下がった足をお尻にしまう。
背筋を伸ばし、再開する。

    ***
 
あの子、起きてるのかしら。
炊飯器のご飯をチェックする。
えー、今日は早めに起きれたから。
ネギを取り出し、刻み始める。
お湯が沸いた。
白湯一杯、茶葉を入れる。
卵を割って、ネギと混ぜる。
卵焼きが出来上がり、冷凍を取り出す。
前500wで微妙だったので600w。
袋から取り出し、レンジに入れる。
ほうれん草を炒め、ベーコンも。
匂いに駆られてつまみ食い。
今更だけど換気扇を回す。
お弁当箱を取り出し、詰める。
ちょっと溢れてるけどいいか。

テレビをつけるとまだ6時だった。
早すぎた。
紅茶飲んで一服一服。
この時間が一番好きかも。ニヤける。
画面に俳優が出ている。
演じる気持ちみたいな話。
他の参加者が頷く。
私は首を横に振る。
なんたってゲストだもんね。
スマホをチェック。
夫からラインが来ていた。
帰り遅くなる。
了解〜。鍵開けとくから〜。
あ、あとね…
のところで、私は寝てしまった。
いつ頃帰ってきたのか知らない。
でも起きた時、側にいたので安心。
あ、鍵。
扉の鍵を閉めにいく。
今日は新聞お休みっと。
毎日、忙しいものねー。
手に取ったチラシを眺める。
感謝セールとかで、スーパーの特価。
白黒印刷で、お金なかったんだろう。
右端に大きな、特大のマグロ。
安いのか高いのか分かんない。
衝撃!みたいな文字。
真面目な奥様方は、衝撃!するのだろう。
食べたいかなー。
まあ、行って考えよ。
エプロンを外し、洗濯機を回す。
量が多いので、液体も多め。
ピッピー。
ぐるぐる回り始める。
窓をみる。出勤する人たちの姿。
今日も、何事もありませんように。

   ***

おはよー。
おはよー。今日は早いのね。
お母さんだって。
え、この番組もう終わりかけじゃん。
あー、若手のね。大したことなかったよ。
えー。顔がいいんだから顔が。
顔はいいけど、口だけって感じよ。
それはいいの。見込みあるから。
誰よ。
ファンよ。

椅子に座る。
テレビを見たり、見なかったり。
パンを食べ、お茶を飲む。

洗濯機が止まる。
取り込みに行く。
これから干さなくちゃいけない。

歯磨きして、制服に着替える。
今日も学校かぁ。

洗濯物をカゴに入れる。

バックを抱え、靴を履く。

お弁当を渡した。

少し立っていた。

どうしたの?

ちょっと外寒かなぁと思って。

昼から暖かくなるわよ。

そう?

そうよ。

ふ〜ん。じゃあ、行ってきます。

はい。行ってらっしゃい。

扉が動く。

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