講義の座る席で学生の成績は予測できるのか?
はじめに
講義の座る席で学生の成績を予測できるのか? 教室などの教育環境は学生のパフォーマンスに影響を及ぼします。 一般的な見解として,教室や講義の前の方に座っている学生は頭が良く,後ろに座っている学生はあまり授業への参加に積極的でないことが考えられます。 しかし,これは本当でしょうか? 授業の座る席の場所によって学業成績が変わるのか,はたまた学業成績や個人の特性によって座る席が変わるのか,いわゆる因果関係は定かではありません。 ということで,今回の動画は,講義の座る席で学生の成績を予測することが出来るのかについて解説します。
学業成績の良い学生は前と真ん中の席を好む
過去の研究では学業成績が良い学生と悪い学生は講義室のどこの席を好むのかに違いがあることを報告しています。 2004年の「ジャーナル・オブ・エコノミック・エデュケーション」に投稿された研究では,大学生の最終的な講義の成績と教室の好みの席を尋ね,その関係性について検討しています。 調査の対象になったのは,ある講義を受講している大学生198名でした。 まず大学生の最終的な講義における成績をAからFまで分類したうえで,成績によって教室の前,後ろ、中央か端か,どの位置に座るのを好むのかに違いがあるのかを比較しました。 調査の結果,次の2つの点で学業成績による教室の席の好みの違いが確認されました。 1つ目は,AやBの良い成績を取った学生は教室の前や真ん中の席に好んで座り,一方でDやFの悪い成績を取った学生は教室の後ろや端の席に好んで座る傾向がありました。 これらの学業成績によって,好みの席が違うような傾向はクラスのレベルや男女,性差などによっては違いがないことも分かっています。 しかし,この研究は学生が好む教室の席に焦点を当てたもので,実際に本当に好みの席に座っているのか,また教室の規模が変わった場合にはどう変化するのかは明らかではありません。
講義の席からの学業成績の予測は「大きな教室」でしか機能しない
教室の大きさによって,好んで座る席と学業成績の関係性は変わるのかについては,2017年の「カレッジ・エンタープライズ」誌に投稿された論文の中で検討が行われています。この論文は,過去の学生が座る席と学業成績の関係性に関連する,精度の高い16の研究をレビューした論文になっています。 この研究の中では,45人以上の学生がはいれる教室を「大きな教室」,45人未満の学生しか入れない教室を「小さな教室」と定義しています。 過去の研究をレビューした結果,45人以上が入れる,大きな教室では、先生に近い前の席に座っているほど,授業の成績が高い傾向が確認されました。一方で, 45人未満しか入れない,小さい教室では,学生が座っている席と学業成績には関連が見られなくなるという結果になりました。 この結果は席による学業成績の違いが小さな教室では関係がなく,大教室のような,ある程度広い空間でなければ,効果がみられない可能性を示しています。小さな教室で座る席と学業成績に差がない結果は,小さな教室では席を選ぶにも選択肢が限られていることや,あるいは大きな教室と比較して後ろの席と前の席で,1番前の教壇との距離にほとんど差が出ないことなどが考えられます。
講義で座る席は性格で変わる
学生の座っている席は教室の大きさ以外の他の要素によっても変化します。具体的な例を挙げると,自分が出来るという自信である「自尊感情」や不安や心配などの「精神状態」,受講する授業に対する興味や関心,そして個人の性格などです。 1994年に「パーセプチュアル・アンド・モーター・スキル誌に出版された論文によると,教室の座る席と性格には関係性があることが報告されています。 調査の対象になったのは大学生50名でした。 調査では,参加者の講義に座っている席を記録したうえで,性格に関する質問紙に回答してもらい,教室の座っている席と性格の間にどのような関係性があるのかを検討しました。 分析の結果,座っている席と性格の間には次のような関係性があることが明らかになりました。 まず教室の真ん中に座る学生は、ほかの席に座る学生よりも,適応的な性格で,周りと協調することができ,学業成績が高い傾向が確認されました。そして教室の前に座る学生は,他の席に座る学生と比較して,より外交的かつ知的で,自制心が強く,自分も他者のことに関しても受容できる傾向がありました。 これらの結果は,周りの学生,そして教壇にいる先生とインタラクションが出来る学生が,教室の前や真ん中の席に座っており,一方でほかの学生との関りを望まない学生が,教室の後ろや端に座っている可能性を示唆しています。
教師は前の席に座る学生に好意的な評価を下す
この学生の性格による座る席の傾向は, 先生の学生に対する評価に影響を与えるものと考えられます。つまり,先生とコミュニケーションが取れている学生は高く評価され,先生とかかわりが少ない学生は,低く評価される可能性があるということです。実際,1981年に「ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・エデュケーション」誌に投稿されたテキサス大学の論文によると,教師には教室の座っている席によって,学生への評価が変わる可能性を示唆する結果を報告しています。調査の対象になったのは145名の教師でした。実験者は教師に対し,生徒の性別と学年,そして教室の席のみの情報を提示し,与えられた情報だけで,生徒に対する印象を評価してもらいました。調査の結果,教室の後ろの席の生徒よりも,前の席の生徒に対して好意的な評価を下す傾向が確認されました。また社会的なコミュニケーションにおける不安が高い教師ほど,教室の席によって,生徒に対する評価を決める傾向が強いことも分かりました。これらの調査の結果は,教室の前の席の生徒は,後ろの席の生徒よりも,よくコミュニケーションが取ることができることから,生徒に対する学業成績の評価がゆがむ可能性を示しています。ある特定の能力が高いと,ほかの能力も高く評価されることもあることから十分あり得る現象といえるでしょう。
前の席の生徒は学業成績が向上する
では,教室の席を個人の自由によって決めるのではなく,決められている場合には,生徒の成績にどのような影響があるのでしょうか。近年の研究によると,教室の座る席によって,学業成績の成長率が異なるという結果が報告されています。2013年に「クリエイティブ・エデュケーション」誌に出版された論文によると,ケニアの小学6年生1907名を対象に,10か月の調査を行った結果。前の席で授業を受けていた生徒は,他の席に座っていた生徒と比較して,約5-27%高い成長率を遂げたことを報告しています。この結果は学業成績が高い生徒が,教室や前の席に座る傾向があるだけでなく,逆に教室の前の席に座ることによって、成績が向上する、因果関係を持っていることを意味しています。
まとめ
今回の動画の内容をまとめると,高い学業成績を収めている学生は教室の前と真ん中の席を好んで座る傾向があること。そして,この傾向は45人以上入ることができる教室では見られますが、45人未満しか入れない教室では確認できないということ。しかし,純粋に,ただ学業成績が良い学生が,教室の前と真ん中の席に座るのではなく,人間関係を良好に保つことが出来る能力を持っている学生も座っている可能性が高く,先生とのコミュニケーションの多さなどが作用して,個人の能力が,高く評価されていることも考えられます。実際に,教師は前の席に座っている生徒には,ポジティブな評価を下すバイアスを持っています。そして,教室の前の席に座ることで,学業成績が向上することが近年の研究で報告されていること。以上になります。
これらの結果から、,もし自由に座ることが出来る講義や授業で,先生以外の同じ受講者としての立場から有益な意見が聞きたい場合には,席の前列や真ん中に座っている人物に話しかけるべきだと言えるでしょう。
他には,評価者から高い評価を受けたい場合には,より近い場所に座ると良いかもしれません。教師や先生も人間です。座る席ひとつ,会話一つで最終的な評価が左右されることがあります。明確な評価基準がない場合は、より効果を発揮するでしょう。
最後に,もし生徒や学生の席を決める権限があるなら,生徒の座る席で学習の成長率が左右される可能性は,頭に入れておいた方が良いかもしれません。逆に,成績がかんばしくない生徒の席を前列にすることで,成績を伸ばすことが出来る可能性があるからです。
参考文献
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