マガジンのカバー画像

20歳の独立日記

111
就職率99%の専門学校で就職せずに、フリーランスデザイナーとして独立した20歳の毎日。嬉しかったことも、悲しかったことも全部書きます。
運営しているクリエイター

#ブログ

20歳の独立日記〜22日目〜

6月1日(金曜日) 今日から6月が始まった。独立して、3ヶ月目。1ヶ月が短い。「社会人になったら1年が早くなるよ」本当にそうだった。毎日いろんなことが起きて、毎日人にお会いしている。100枚あった名刺はもうあと少しだ。決まった休みも無いので、ずっとオンの状態を保っている。この話をすると、「しんどくないの?」と聞かれる。物理的な疲労はある。寝てないとか、目がつかれたとか、歩きつかれたとか。精神的には全く疲労感は無い。「楽しい週末2日のために、平日5日間を頑張る」ことが僕は無理

20歳の独立日記〜23日目〜

6月2日(土曜日) 石川県の曽祖母がもうそろそろ、らしい。父は朝から車で石川県に向かった。僕は曽祖母に一度しか会ったことがない。義父の実家には一度しか行ったことがない。 石川県の輪島市というところで、石川県の先っちょだ。遠い。 お正月、大晦日は母の実家で過ごした。石川県は遠いから。 お盆は母の実家にいた。石川県は遠いから。 高校生の入学の報告もしなかった。石川県は遠いから。 専門学校の卒業の報告もしなかった。 避けていた。関わりたくなかった。でも、成人式の日に連

20歳の独立日記〜24日目〜

6月3日(日曜日) 朝からリフォームの準備だった。家の近所に住む祖母の家をリフォームすることになった。理由は高齢化。段差が多いらしい。祖母は脚が悪いから、もし転んだりしたら命にかかわる。しかも祖母は1ヶ月前に、くも膜下出血で倒れた。色んな理由から、リフォームをすることになった。 朝10:00。伯父(母の兄)と一緒に祖母宅に向かった。伯父はクマに似ている。身長が170cmで、体重は110kg。うちの妹は未だに、怖くて近寄れないでいる。そんな伯父は僕にとっても兄のような存在だ

20歳の独立日記〜25日目〜

6月4日(月曜日) 朝からバタバタしていた。音楽スタジオの店長の紹介で、塾のチラシのデザインをやらせて頂けることになった。 話を頂いたのが、2日前。納期は一週間後の6月9日。「できますか?」「もちろんです!」前にも書いたが、音楽スタジオの店長とは長い付き合いだ。税務のこと、仕事の相談にもたくさんのってもらっている。多少スケジュール的に厳しかったが、その人の紹介だから、受けるしかなかった。 僕は焦ることが嫌いだった。高校生のとき、食べ放題の焼肉屋のキッチンをしていた。地獄

20歳の独立日記〜26日目〜

6月5日(火曜日) 歩くことが好きだ。 街の生活音に包まれることも好きだし、ミッシェル・ガン・エレファントを聴きながら歩く夜道も好きだ。 好きになったきっかけは自転車がパンクしたこと。家から自転車屋さんまで20分。自転車を押しながら修理に行くのがめんどくさかった。 「あんた、修理いつ行くん?」 「明日部活やし今週中には行くわ」 半年以上放置した。うちのマンションは、4月に駐輪代を1年分まとめて払う。母は半年放置された自転車を処分した。移動手段は歩きしかなくなった。

20歳の独立日記〜27日目〜

6月6日(水曜日) 大好きな名言がある。 NHKで放送中の「プロフェッショナル仕事の流儀」。毎週、ある分野の最先端を走るプロに密着して、プロとは何なのかを探る番組だ。毎回毎回、胸にグサッと刺さる名言が生まれる。その中でもダウンタウンの松本人志の会が印象に残っている。 僕の生まれる前に、「ごっつええ感じ」という番組が放送されていた。 ダウンタウン、今田耕司、板尾創路などが出演する伝説のコント番組だ。 特に「キャシィ塚本」というコントが特に好きだった。お料理番組の講師とし

20歳の独立日記〜52日目〜

7月1日(日曜日) 今日は1ヶ月前から企画していたイベントの当日だった。 京都のタリキチというイベントスペースを借りて、学生向けのフリーランスの働き方についてセミナーと、ワークショップを行った。 正直人が来るか怖かったのだが、協力者2人のおかげで多くの方に来て頂いた。イベント自体もとても盛り上がった。 学ぼう、明日からできることを見つけよう、仲間を作ろうという「主体性」のある方たちが集まってくれた。 自分はライフデザインワークショップと称して、ワークショップを行った