20歳の独立日記〜23日目〜

6月2日(土曜日)

石川県の曽祖母がもうそろそろ、らしい。父は朝から車で石川県に向かった。僕は曽祖母に一度しか会ったことがない。義父の実家には一度しか行ったことがない。

石川県の輪島市というところで、石川県の先っちょだ。遠い。

お正月、大晦日は母の実家で過ごした。石川県は遠いから。

お盆は母の実家にいた。石川県は遠いから。

高校生の入学の報告もしなかった。石川県は遠いから。

専門学校の卒業の報告もしなかった。

避けていた。関わりたくなかった。でも、成人式の日に連絡があった。「今まで何もしてあげれなくてごめん。20万振り込んだから、好きなように使って欲しい。」成人の連絡なんて、もちろんしていなかった。僕の年齢を覚えていてくれた。石川県に行ったのは母と義父の結婚の報告だった。僕は10歳。それから、10年間を覚えていてくれた。他人だと思って、避けたいたのは自分だけだった。直接会って謝りたい気持ちでいっぱい。

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今日は福祉とものづくりを軸に活動する福祉団体「Ledesone」の打ち合わせだった。前にも触れたが、Ledesoneの代表は僕より1つ年下の19歳だ。この前の打ち合わせで露見した、Ledesoneのブランディング力の弱さを解決するために、ロゴと名刺の提案をした。その場でデザインが決定となった。自分でもとても気に入っているものだったので、嬉しかった。加えてキャッチコピーの提案もした。頼まれていないが、コンセプトを明確に伝える言葉が必要だと考えたからだ。それも喜んでくれた。

「ワッフルプロジェクト」という、学生と福祉を結びつけた事業を推進化をしていくことで同意となった。3時間の打ち合わせ、とっても楽しかった。

将来的に、企業や団体に向けたコンサルティングをしていきたい。ビジネスとデザインの密接な関わりは言うまでもない。日本でもそういった動きがまだ活発ではないが、出てきている。見せ方のプロであるデザイナーが、企業のブランディングや経営戦略のアドバイスをしていく。まだまだ自分も、1997designのことで手いっぱいではあるが、Ledesoneと関わることで学んでいきたい。

帰りにコンビニでご飯を買った。それから、ライブハウスに向かう。

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昔、僕はそのライブハウスでバイトをしていた。主な勤務はイベントフライヤーの制作と、webサイトの更新。高校生のときに通い詰めたライブハウスだった。そこで働きたいと思いながら、高校生活を過ごしたわけではなかった。が、自分の中でとても特別な存在だった。働きだしたのは専門学生になってから。大好きなバンドのデザインがやりたい。でも、どうしたらバンドと繋がれるんだろう。そこで、ライブハウスが頭をよぎった。「そうか、あそこには毎日バンドが集まる」思い立ったらすぐ行動。高校生のときに面倒を見てくれていた方に、電話をかけた。「ライブハウスで働きたいです」「今から来れる?」「はい、すぐ行きます」その間、わずか30分。気づけば僕は店長と話していた。結果は合格だった。その方に電話していなかったら、恐らく働いていなかったと思う。学校の課題とバイトに追われ、そんな余裕も無かったと思う。

僕がその方に会ったのは高校1年生のとき。彼はまだバンドをしていた。とても歌が上手くて、喋りの立つボーカリストだった。初めは深い仲ではなかった。バンドには担当の人が付いている。僕の2人目の担当の人がその方だった。高校1年生の後半だった。そのバンドはそれから1年後に解散し、僕は2つ目のバンドを始めた。バンドが解散したとき、僕は辞めるつもりだった。その方は絶対にやめるな、と言った。「お前は人のために泣ける男だ。俺はそういうやつを応援したい」僕は誰かに面と向かって、応援されたことがなかった。だから嬉しかった。自分と向き合ってくれたことが嬉しかった。

2つ目のバンドは悔しい思いからスタートした。同い年のバンドは結成2年を迎え、次々にかっこよくなっていく。自分のバンドはまだまだ未熟でかっこ悪かった。それが嫌で、空回りばかり繰り返した。だけど、バンドメンバーとはとても仲が良かった。たくさん練習して、たくさん笑って、こんなバンドになりたいと夢を語った。

そしてバンド結成から1年半、ライブハウスの大会で準優勝をした。面倒を見てくれていた方は、とても喜んでいた。それが嬉しかった。自分がしたことが、誰かの喜びにつながることが誇らしかった。応援してくれた人の期待に応えれたことも嬉しかった。

ライブハウスのスタッフになってから、色んなことを教えてもらった。「何のために仕事をするのか」「誰のためにデザインをするのか」今の仕事の姿勢にもつながる大事なこと。

すごく不器用な人で、自分が我慢すればいいと思う人だった。僕は嫌だった。頑張ってる人が、頑張ってると思われないことが嫌だった。もっと評価されて欲しかった。ひっそり頑張って、ひっそり傷ついて、ひっそり自分を苦しめていた。相談はしてくれなかった。してくれたこと、教えてくれたこと。何も返せないまま、卒業していく。ありがとうを伝えにいきたい。面と向かって言えなかったから。


過去の記事 :

「20歳の独立日記〜22日目〜」

「20歳の独立日記〜21日目〜」

「20歳の独立日記〜20日目〜」


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