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イヴの涙 (短編小説 1)

今、けやき並木が一斉に光を放った
ハッとして、立ち止まる。
イルミネーションの点灯の瞬間は、さながら魔法のようだ。
すっかり落葉したけやきが黄金色の発光体と化し、美里は一時目を奪われた。

イルミネーションを見上げている周囲の人々の顔が、黄金色に染まっている。
皆、一様に幸せそうな表情に見えた。
だけど、美里は憂鬱だった。
勤務先が、けやき並木のある通りの近くだから
帰宅する時は、どうしてもここを通らないといけない。

昨年は拓也とイルミネーションを見上げていた。
いつもは少し機嫌の悪い彼も、その時はとびきりの笑みを広げていた。
最愛の人と過ごすクリスマスは、生まれて初めての
経験だった。
手と手を絡ませ、イルミネーションがある通りを
そぞろ歩き、幸福に身をゆだねていた。
言葉にできぬほどのこの幸せが、毎年続いていくことを信じて疑わなかった。
だけど、この世に絶対ということがないのを
人の心は変わりやすいという残酷なことを、思いきり知ることとなった。

猛暑だった夏の終わりを告げるような、秋を感じさせる風が吹き渡る頃、拓也から別れを告げられたのだ。
東京の本社に戻ることが決まったから、もう会えないと。
拓也とは不倫の関係だった。
3年前、時々行くスポーツジムで、顔見知りになって挨拶するようになった。その後、トレーニングを終えた後に少し雑談する仲にまで発展し、次第に2人きりで会うようになった。会う度に、どんどん拓也に惹かれていった。
東京から仙台に単身赴任中で、制限されるものが無かったせいか、美里が会いたいと言うと頑張って時間を作ってくれた。話題も豊富で一緒にいると
とにかく楽しかった。少し気分屋のせいか機嫌の悪い日もあったが、拓也にのめり込んでいたから
それほど気になることでもなかった。
できることなら、拓也を独り占めにしたい、結婚できたらいいのに、という思いはあった。
だが拓也は常々、妻とは離婚はしないと言っていた。美里は不満だったが、割りと頻繁に会えていて
それなりに充実していたから、拓也の妻のことは
なるべく考えないようにしていた。

東京の本社に戻ったとしても、遠距離でも付き合えるんじゃない? と提案したが、それは無理だと言われた。美里とは仙台にいる間だけの付き合いなんだ、と断言された。
予期せぬ返答に、美里は愕然とした。

(そんなふうに、割り切っていたなんて……)

以前、確か拓也はこう言ってたはず。
また転勤になっても、例え距離があったとしても、美里に会いにくる、と。

釈然としなかった。その場限りの嘘だったのだろうか?

(私は真剣に愛してたのに……)

どうにもならない絶望感に、押しつぶされそうだった。恋人に別れを告げられるのは、今回が初めてというわけではない。過去に経験済みだ。それなのに、まるで生まれて初めての失恋のように感じられ、泣き崩れた。

拓也と一緒に、このイルミネーションを見ることは
永遠に訪れない。そう思うと、より一層悲しみが深くなった。
早く、このクリスマスの雰囲気で賑わう界隈から
抜け出そうと、美里は足を早めた。
本当ならクリスマスイブの今日、拓也とイルミネーションを見ながらそぞろ歩く予定だった。

(拓也がいないクリスマスは意味がない。
嫌だわ。イルミネーションも見たくない。
一刻も早くここから抜け出さないと)

歩を早めようとした途端、踏み固められた雪に足を取られバランスを崩した。
次の瞬間、豪快に転んでしまった。腰をしたたかに打ちつけ、あまりの痛さに美里は眉を寄せた。腰が痺れて、すぐには立ち上がれない。何だか、とてもみじめな気分だった。
すると、打ちつけた腰の痛さと失恋の悲しみで
目の奥が急激に熱くなってくる。
一粒涙が零れると、堰を切ったように溢れ出した。
その場に座りこんだまま、涙が途切れるのを待った。

美里の脇を通り過ぎる通行人が、好奇の目を向けながら通り過ぎて行く。
もう、何もかもが、どうでもいい気分だった。


        つづく


















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