愛した人 (短編小説 4 )
【 あらすじ → 5年前に亡くなった恋人、隼人がかつて住んでいた住居を美紀が訪れると、隼人そっくりの住人がいた。イヤ、隼人本人に見えた。
夢なのか、現実なのか判然としない中で、その後2人は…… 】
隼人は美紀を抱きかかえ、優しく押し倒した。
「もう会えないのかと思ってた。来てくれて嬉しいよ」
「私も、嬉しい……」
愛しさが込み上げてくる。
今まで隼人が夢に何度も現われ、目覚める度に泣いていた。会いたい気持ちが募った。会いたくても、もう永遠に会えないという現実に、押しつぶされそうになった。
「今でも隼人が好きよ。1日たりとも忘れたことはなかったわ」
「僕もだよ。ねぇ、美紀、一緒に暮らそう。ここに引っ越してきたらいいよ」
「うん。そうね、そうしようかしら」
好きな人、愛する人の傍にいることは、自然なことだ。もう、寂しい思いはしたくない。
美紀は隼人の背に両腕を回し、ぎゅっと力を込めた。それに反応するように、隼人が更に唇を押し付けてくる。
もう、隼人が生きていようが死んでいようが、どちらでもいいとさえ思えた。
仮に、この幸福の真っ只中で死ねるのなら、もう人生に思い残すことは、何もない。
(いっそのこと、時間が止まればいいのに……。
このまま隼人と抱き合ったまま、幸福感の中で、漂っていたい)
思えば5年間、隼人の喪失と寂しさで生きる気力も希望も無くしかけていた。とはいえ、隼人の後を追う、自ら命を断つという勇気などなかった。
ただ、流されるように日々を過ごしていた。
(今日まで何とか生きてきて良かった)
もう、何もいらない。
隼人さえいれば……。
失った5年間を取り戻すかのように、2人は肌を重ねる。隼人は絶えず、慈しむような眼差しを美紀に向けていた。美紀もそれに応えるかのように、熱を帯びた眼差しを返す。
もう、言葉はいらない。
心身ともに満たされた美紀は、隼人の腕枕の中で急に眠気を感じ始めた。
心なしか、隼人の腕が先刻より冷たく感じた。
(急に体温が下がるなんて、そんなこと、あるのかしら)
美紀は顔を上げ、隼人を見つめる。
「隼人」
声をかけると、
「ん、美紀、何?……」
眠そうな声で隼人が返す。
「ううん、何でもない」
美紀が話している間に、隼人は眠りに落ちたらしい。既に寝息を立てていた。
心地良い疲労感のせいで、美紀も睡魔に打ち勝つことができなかった。
隼人が隣にいる安心感のせいか、美紀も急速に眠りに落ちていった。
つづく