引き裂かれた恋(連載小説9)
《 最終回 》
クリスマス当日、仕事を終えた亜矢は真っ直ぐ帰宅した。途中、幸せそうなカップルを何組か見かけた。
(私、今誰にも愛されてないんだわ……)
そんな感情が込み上げ、一段と寂しさが増した。
帰宅すると、昨日レンタルしてきたDVDを見始めた。海外のアクション映画だ。何も考えず、頭をからっぽにしたかったのだ。
見終わると、結構気分がスッキリしていた。
入浴の準備をする前に携帯を充電しようとして手に取ると、メールの着信があったことに気づいた。
雅人からだ。
胸がざわついた。かすかな期待と恐れが入り交じる。
文面を読み始めた。
「この前は、いきなり電話して驚かせてしまって
ごめんね。もう、あんな、亜矢を惑わせるようなことはしないよ」
亜矢は溜め息をつく。
なぜ、雅人はわざわざメールを送ってくるのだろう。
(復縁の可能性を、ほんの少し期待してしまったじゃない)
そこで、ふと思った。
(雅人の連絡先を全て削除してみようか)
以前、未練を無くすためには、連絡先を削除する方法もある、という記事をネットで見たことがある。
ただ、削除してしまえば、二度と自分から連絡できない。その覚悟があるかどうかだ。
(とりあえず、一晩考えてみよう)
決断を、少し先延ばしにした。
翌日になっても決心がつかなかった。
数日間、心は揺れ動いた。
(あんなに大好きだったんだから、そんな簡単には
決断できないわ。でも、自分のために、未来に進むために、気持ちを一新しないと……)
日が経つにつれ、別れの衝撃は徐々に薄まり、
少しづつ絶望の淵から浮上し始めている感覚がある。
(そろそろ、実行に移そうかしら)
気が変わらないうちにと思い、亜矢は携帯電話の連絡帳を開く。雅人の連絡先を表示すると、じっと見つめる。
(さあ、思いきって削除するのよ)
目を閉じ、しばし精神を集中させる。
再び目を開けると、強い意志を保ったまま、
さっ、と削除した。
消えた……。
雅人の痕跡が消滅した。
半ば、呆然としながら消えた箇所を見つめた。
今まで当たり前のようにあった連絡先が消滅した。
まるで、雅人がこの世から消えてしまったかのような錯覚を覚えた。
清々しさと、一抹の後悔のようなものが入り交じっている。
(これでいい。これでいいんだわ……)
幾ばくかの後悔は、そのうち消えるのを待つしかない。
これで、連絡手段は断ち切られてしまった。
もし、また電話やメールが送られてきたとしても
登録していない番号には応答しないし、メールも開かない。電話に応答しなければ、雅人はどう思うだろう?
(さあ、気分を入れ変えて荷造りしないと)
引っ越しの予定は、来週に迫っていた。
新居は築3年の、まだ新しいアパートだ。
ここから車で30分くらいの距離にある。ワンルームだが、ロフトが付いているのが気に入った。
一度、ロフト付きの部屋に住んでみたいと思っていたのだ。
本当に必要な物だけ箱に詰めて、何年も使ってない物は処分することにした。
選別をしている最中、困ったことが起きた。
雅人からのプレゼントだ。バックやネックレス、指輪まである。思い出さないために、本当は捨てたほうがいいのかもしれない。
一時悩んだが、なかなか決心がつかない。
(少しの間、保留にしておこうか)
数日間考えたが、結局捨てることはできなかった。
でも、新居に持って行く気分ではない。
考えた末、実家に送ることにした。母親に電話で事情を説明し、自分の部屋以外の場所に保管してくれるように頼んだ。
業者が最後の荷物を運び終えた。
部屋の中は、まるでがらんどうのようだ。
亜矢は何もない部屋の中を見渡す。
その時、雅人の思い出が瞬時に頭の中を駆け巡った。
懐かしい光景。二度と戻らない過去。
(さようなら、私の5年分の思い出……。
雅人の思い出にも、さようなら……)
じんわりと、涙が滲んでくる。
過ぎ去って行った、多くの失われた時間が愛おしい。
(なんて、尊くて儚いんだろう。今のこの悲しみが、いつか良い思い出に変わるのだろうか?)
あの時、雅人は時が止まればいいのに、と言っていた。本当にあの時、止まってしまえば良かったのに。
亜矢は滲む涙を指で拭い、玄関のドアを閉めた。
前を向き、心持ち口角を上げて笑みを作ると
颯爽と歩き出した。
先刻まで降っていた雪は止み、雲の切れ間から薄日が差し始めていた。
了
《 記事の更新に、だいぶ間が空いてしまいましたが、最後まで読んでくれて、ありがとうございました😊 》
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