映画『男と女』を観て感じたこと・・人の記憶は当てにならないね
無名の29歳の監督を世に知らしめた作品
部屋を整理していると、映画のDVDが出てきた。『男と女』、『真夜中のカーボーイ』、『第三の男』、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』の4本だ。もっとたくさんあったはずだが、ネットで観る機会が増えたので処分した。
それでもDVDプレーヤーは廃棄をまぬがれ、テレビ台のなかでほこりをかぶっていた。古い機器だし、配線も外れていた。つながらないかもと思いながら、接続すると「おおっ、映るではないですか?」、パチパチパチ!
夕方からビールを飲みながら、1966年公開のフランス映画『男と女』を観た。第19回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、29歳の無名の監督であるクロード・ルルーシユを世に知らしめた作品だ。文句なしの名作である。
58年前とは思えないほど斬新な映像美
主演はアヌーク・エーメ(美貌です)、ジャン=ルイ・トランティニャン(若いなあ)。音楽はフランシス・レイが担当、スキャットの主題歌はご存知の方も多いはずだ。出演しているピエール・バルーが歌うサンバも実にいい。
主人公は妻を亡くしたレーサーと夫を亡くした映画のスクリプターだ。物語はそれぞれの子供を預けている寄宿舎のあるドーヴィルで始まる。セリフは少ないが、表情や仕草を通して二人の感情がていねいに描かれていく。
映像は58年前とは思えないほど斬新だ。カラーとモノクロを交互に使い(実は予算がなかったらしい)、過去のフラッシュバックが効果的に現れる。その後、ルルーシュはこれを超える作品を生み出せなかったように思える。
火事になったらレンブラントの絵よりも猫を救う
何度も観ているので、ほぼ覚えているつもりだったが、「えっ、そうだったんだ」というところが何箇所もあった。その一つが食事のときにホテルの部屋を予約するシーンだ(大事なところのネタバレになるので書かない)。
犬を連れた老人がドーヴィルの海岸を歩くシーンが何度か登場する。二人も海岸を歩きながら老人を見る。男は女にこう語る。「火事になったらレンブラントの絵よりも猫を救う。そして後で放してあげる。芸術よりも人生だ。」
てっきり男が自分の思いを語ったのだと思っていた。ところが老人を見て、「ジャコメッティは好きかい」「ええ、好きよ」に続いて、先ほどの言葉が語られていたのだ。ジャコメッティはまったく覚えていなかった。
唯一無二の作品よりも、人生はさらに貴重だ
老人のシルエットから細長い人物彫刻で知られている彫刻家「ジャコメッティ」を思い出し、男は彼の言葉を引用したのだ。この映画を初めて観たときは大学生でジャコメッティの作品は知らなかった。記憶に残らないはずだ。
光と陰の対比を巧みに描いたレンブラントの作品は本当に素晴らしい。それでも「芸術よりも人生」かあ。美術史に輝く作品は貴重だが、一人ひとりの人生(猫も含めて)の方がさらに大切だということかな、ジャコメッティ。
いや、勝手な深読みだが、ジャコメッティは「人としての生き方こそが、芸術作品なのだ」といいたかったのかもしれない。映画も本も音楽もそうだが、何度も触れることで新しい発見があるところがおもしろさだと思う。