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2024年12月読書記録 春樹、ウエルベック、文フリ本

 1月下旬になってしまいましたが、今更、先月の読書記録です。

村上春樹『中国行きのスロウ・ボート』(中公文庫)

 村上さんの最初の短編集です。電子化されたので、ようやく読むことができました。初期作品なのに、完成度が高い! 長編第一作の『風の歌を聴け』が好きなのですが、それと似た雰囲気の短編が多かったです。あの羊男が登場する「シドニーのグリーン・ストリート」以外は、高等遊民風主人公の心象風景が中心の地味な話なんですよね。一応、突拍子もないことも起きるのですが、だから何というわけでもなく、何となく話が終わる。なのに、主人公の気持ちにいちいち頷き、読み終わった後には「そうだよなぁ」「わかる、わかる」と共感したくなりました。

 一番良かったのは、「午後の最後の芝生」という短編です。誰にでも起こりそうな、何でもない出来事が書かれているのですが、忘れられない1編になりました。
 ウィキによると、内田樹先生や小川洋子さんも特に好きな短編として挙げていらっしゃるようです。未読の方は、ぜひ。


ミシェル・ウエルベック『滅ぼす』(野崎歓他訳・河出文庫)

 サイバーテロを捜査する人の話から始まったので、ちょっと雰囲気が違うかなと思ったのですが、すぐにいつものウエルベックらしい人物の視点になります。仕事面ではそこそこ成功しているエリート。だけど、プライベートには問題を抱え、社会や周りの人に対して舌鋒鋭い警句を飛ばす(心の中で)。不満というほどではないのかもしれないけれど、やりきれなさはある。そのあたりの描写がうまい。「こんなに恵まれているのに、不平こぼして、ウザい奴だな」と感じる人もいるかもしれませんが。主人公と妻の関係が徐々に和らいでいく過程も、リアルでした。
 ただ、主人公と妻、主人公の上司以外の人たちーーエリートではない人たちの描写が薄いんですよね。ウエルベックが真の意味では、非エリートである人たちを理解できていないのではないかと感じました。 
   そういう意味でも、フランス社会の分断を実感させてくれる話でした。

    *

 12月は、文フリで購入した本を8冊読みました。アンソロジー4作については記事にしたので、今回は個人の短編集を4冊紹介します。

月越瑠璃さん『THE BLUE』

 青がテーマの短編集です。純文学風の作品と、一般文芸風(多分)の作品が収録されています。
 この短編集の白眉は1作目の「水槽の中」でしょう。文体も文章も素晴らしいです。美しく透明感があるのに、奥底に仄見える翳り。メタファーの使い方もうまくーーといっても、技巧を押し出す感じではなく、とても自然な描写でした。

 また、4作目の「針が刺せなくなったナースは」は、続きが気になる、読ませる小説でした(途中までの収録)。会話文もうまく、「水槽の中で」とはまた違う作者の魅力を感じました。この小説はウェブでも読めるようです。


ティーさん『かえる道があるように』

 「かえる道」をテーマにした短編が9つ収録されています。揺れ動く感情を切り取った、スケッチのような鮮やかな短編ばかりでした。若い方らしい、瑞々しさと潔さを感じる文体、また、テーマは同じなのに、それぞれの短編ごとに、登場人物の性格や発言も、シチュエーションもまるで違い、作者の想像力の豊かさに感嘆しました。

ほのラジ『moon river』(ウミネコmini文庫)

 表題作を始めとする4作が収録された連作短編集です。
 この短編集は、なんと、穂音さんと、ウミネコ制作委員会のぼんらじさんの共作なんですね。お2人の共作と知った時には、短編ごとに作者が違うのだろうと思ったのですが、そうではなく、1つの短編をお2人で書かれているんです。

 幻想的な…不思議な世界に入り込んだ気分が味わえる作品なんですよね。複数人で書いたとは思えないなめらかさ。と書きつつ、野暮を承知で、「どこが穂音さんの担当だろう?」などと推理してしまいました。1作目の「moon rever」は、ぼん→穂音→ぼん、3作目の「あむころも」は穂音→ぼん→穂音→ぼん、なのかなと思ったのですが、2作目の「絶賛買取中」はさっぱりわかりませんでした(4作目は、ぼんらじさんの単独作だそうです)。ご存じの方がいらしたら、教えて下さい!

 連作短編を共作するというアイデアは面白そうなので、いつか青音色でもチャレンジできればいいな。


ひかたりんさん/守屋SHIGE美さん『探偵は甘すぎる』

 こちらも、著者2人の連作短編集です。5作あるうち、SHIGE美さんは3作担当なさっています。1つの短編を共作したのではないとはいえ、登場人物や背景を共有するのは大変だったでしょうね。スイーツが大好きな私立探偵と助手という設定から、コメディミステリーかと思ったのですが、事件自体はかなりシリアス。その配分が絶妙でした。探偵と助手の過去の話も知りたいし、女性警部のスピンオフも期待したいです。

 文フリで購入した14冊は全部読んだので、残りの本も後日紹介する予定です。


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海人
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