2023年9月 読書記録 村上さんのエッセイ集、デルフト眺望など
9月は、宮本百合子の超鈍器本『道標』に取り組んでいたので、他の作品をあまり読めませんでした。10月初旬にようやく読み終えたのですが、『カラマーゾフの兄弟』や『戦争と平和』に並ぶ長さだった気がします。青空文庫って分量がわからないので、気楽に読み始めてしまうんですよね…。
村上春樹『ポートレイト・イン・ジャズ』(新潮文庫)
ジャズの基本を知りたくて、読んだ作品。ですが、村上さんがジャズを通して人生を語った作品としても読めますね。55人のジャズ・ミュージシャンとその音楽についてのエッセイが収録されていますが、
といった風に、ジャズを知らなくても、「ああ、なるほど」とわかる表現になっています。この本に登場する曲をまとめたプレイリストがspotifyにあったので、秋の夜長を楽しめそうです。
村上春樹『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』(新潮文庫)
忙しくてウィスキーを飲む暇もない夫にプレゼントした本を、自分でも読んでみました。スコットランドのアイラ島で蒸留所をまわる話とアイルランドのパブめぐり、二つのエッセイが収められています。
お酒はあまり飲めないし、アイラの泥炭の香りがするウィスキーも苦手なのですが(ラフロイグなど)村上さんのエッセイを読むと、俄然飲みたくなってきました。
ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ 下』(岩波文庫)
宮本百合子の『道標』では、主人公が1929年にモスクワに留学します。その関連で当時のソ連の状況を少し調べたのですが、30年代の後半には、多くのロシア人がスパイ容疑等で殺されました。ウィキには800万から1000万人が殺されたとあります。人が減りすぎて、政府が回らなくなったほどだそうです(いわゆる大粛清。ぼんやりとは知っていたものの、そこまでの規模だったとは→ほんとに大学で日本史学科だったの? と家族に疑われるほど歴史教養に穴があるのです)。
百合子の小説に登場する芸術家たちも、数年後には殺される運命にある人が多いんですね。百合子自身も、「日本に帰るかモスクワに残るか」という決断をするのですが、残っていたら間違いなく殺されていたでしょう。
『巨匠とマルガリータ』の作者、ブルガーコフはその大粛清の時代を生き抜き、収容所送りになることもありませんでした。でも、作品を発表することはできず、この小説も彼の死後の1966年にようやく出版されたのです。…といった背景を踏まえると、悪魔がモスクワ中を暴れ回るこの奇想天外なマジックリアリズム作品の裏にあるものを読み解けそうです。
とはいえ、そんな背景など知らなくても面白い、壮大な愛と贖い(そして、喪失)の話でもあるのですが。映画のサイトで読みましたが、ソ連という国があったのを知らない人たちも多いみたいですし、(だから、冷戦時代を舞台にした映画はウケないという話)、私だってつい最近まで大粛清について理解していませんでした。という風に、もともとの意味合いは忘れ去られて、小説としての面白さだけが記憶されることになるのかもしれません。
プルースト『失われた時を求めて8 囚われの女』
この巻には、フェルメールの『デルフト眺望』の話が出てきます。有名な作家が、病を押して展覧会に行き、『デルフト眺望』を見る。
そう悟った後、彼はこの場で死んでしまいます。
フェルメールはお気に入りの画家で、日本にきた絵はだいたい観ていますが、女性を描いた絵が好きで、風景画には興味がなかったんですね。でも、プルーストの文章を読んで、こんな風に鑑賞すればいいのかと何となくわかりました。
展覧会と作家の死のシーンはとても美しく、感動的なのですが、新聞で作家の死に様を知った主人公は「この日に作家が死んだはずがない。新聞の誤報だろう」と考えます。主人公の恋人が、その日に作家と会って立ち話をしたと話していたためです。ところが後に、主人公は作家と会ったという恋人の話が嘘だったと知る。浮気を隠すために、適当な話をでっち上げたのです。美しい場面が俗っぽく情けない話の前振りになるような、そんな振れ幅の大きさがプルーストの魅力の一つだと思います。
読んでくださってありがとうございます。コメントや感想をいただけると嬉しいです。