ノーラン監督が仕掛けた罠 「ダークナイト」&「ダークナイト・ライジング」 【映画感想文】
先日、アガサ・クリスティが読者に罠を仕掛けるのがうまいと書いた時、もう一人、罠を仕掛けるのがうまいアーティストがいるのを思い出しました。
映画監督のクリストファー・ノーランです。弟のジョナサン・ノーランと共同の罠といってもいいかもしれません。
ただし、クリスティの罠が作品内に仕掛けられているのに対して、ノーラン兄弟の罠は作品の外に仕掛けられているのですが。
ノーラン監督の映画を観るのはただでさえアメージングな体験ですが、罠の存在に気付いて答えを見出した観客は、別の視点から作品を眺めるというおまけが得られるのです。
「ダークナイト」
映画が公開される数ヶ月前に、映画館で「ダークナイト」の特報フライヤーを見つけました。確か三種類あり、一つはバットマンのシンボルマークである蝙蝠、一つはジョーカーを表すトランプ柄、そしてもう一つはコインが描かれたフライヤーでした。
三つ目のフライヤーがノーラン兄弟の仕掛けた罠です。当時、映画サイトなどでは「ダークナイト」のヴィラン(悪役)はジョーカーだけだと推測されていました。何しろ、最大のヴィランですし、それをヒース・レジャーが演じるのですから、一人で充分すぎるだろうと。ところが、コインが暗示するのは、もう一人のヴィラン、トゥーフェイスの登場でした。
罠の答えを見つけた観客は、ジョーカーとバットマンの息詰まる対決に釘付けになりながら、一方では街の輝くヒーロー、ハービー・デント地方検事が闇に堕ちていく瞬間を恐れながら待つことになります。デントはブルース・ウェインの最愛の人、レイチェル・ドーズの恋人ですから、デントの闇落ちはブルースにとって、非常にパーソナルな悲劇になるに違いない。そう考えて、「ダークナイト」が賞レースを争うべき傑作になると確信したのを覚えています。
といっても、この罠は、アメコミに詳しくない私でも解けたレベルなので、事前にフライヤーを見た人は誰でもわかったでしょう。デントの闇堕ちも、次作になると考えていたのが早まっただけとも言えます。
しかし、「ダークナイト・ライジング」の罠は、もっと高度なものでした。
ダークナイト・ライジング
この映画の罠は、「チャールズ・ディケンズの小説『二都物語』にインスピレーションを受けた」という公開前のノーラン監督の発言です。
コイン=トゥーフェイスという絶対的な答えがある前作の罠とは違い、「ダークナイト・ライジング」の罠には、絶対的な答えがない。小説の読み方は、人によって異なるからです。
答えの出し方によって、映画の見方も変わってくる、そんな高度な罠だったと思います。
映画の公開当時、ネットでよく見かけたのは「『ダークナイト・ライジング』のストーリーはフランス革命をなぞっている」という説でした。「二都物語」のモチーフがフランス革命だからです。この説に乗った人達は、映画の各シーンを細かく分析して、このシーンはバスティーユ襲撃といった具合に読み解きながら、ノーラン兄弟の織りなす物語を楽しんだのでしょう。
私が出した答えは、全く別のものでした。「二都物語」にインスピレーションを受けたと聞いた時、「誰かが死んでしまうのだ」と考えました。私にとって、「二都物語」は自己犠牲の物語…究極の自己犠牲である、誰かの身代わりになって死ぬ物語だからです。
誰かがバットマン=ブルース・ウェインの代わりになって死ぬのだというのが、私の出した答えだったのです。
個人的な話ですが、「ダークナイト・ライジング」には、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、ゲイリー・オールドマン、ジョセフ・ゴードン=レヴィットetc大好きな俳優が大勢出演しているので、その中の誰かが死ぬなんて、想像したくありませんでした。彼らがスクリーンに現れるたび、「死ぬのは彼だろうか?」とドキドキしたものです。まさか、アルフレッドやゴードン本部長が死んでしまうとは思えないけど、前作のことを思えば、絶対ないとも言い切れない…。
結局、答えがわかったのは、エンドロールが始まる直前でした。その時になって、やっと監督の言葉の意味がわかりました。今思えば、それ以外には考えられない、明確な答えだったのですが、先入観に囚われていたために、答えが見えなくなっていたのです。
ノーラン兄弟の掌の上で踊ってしまった。そう感じながら、大きなカタルシスを得たのでした。
もうすぐ、バットマンの新しいシリーズが幕を開けます。マット・リーヴス監督、ロバート・パティンソン主演の「THE BATMAN-ザ・バットマン-」を観る前に、クリストファー・ノーラン監督が仕掛けた罠に挑戦してみてはいかがでしょうか。