松下幸之助と『経営の技法』#99
5/24の金言
あらゆる点から眺め、考えてみる。寝ながらでも、考えて、考え抜く。
5/24の概要
松下幸之助氏は、以下のように話しています。
50年前に商売を始めて以来、初めて広告宣伝をやろうとしたときこと。ナショナルランプを考案して世間に出す。それには第一に宣伝だが、当時は資金に乏しいし、力もなく、新聞広告は並大抵ではなかった。「買って安心、使って徳用、ナショナルランプ」、これだけの3行広告をした。その3行広告といえども、大金を出すから、長い時間をかけて十分検討した。それで3日かかった。字の大きさ、字と字の間隔、周囲から見たときの感覚、ということを考え抜いた。寝間に入っても、その書いたものを新聞の上に置いて眺めてみることもしたが、見るたびに、この間隔はもうちょっと空けたほうがいい、この字はもうちょっと太くしたほうがいい、とその都度変わってくる。際限がないから、このくらいでやめようということで、結局3日費やしたわけだ。
1.内部統制(下の正三角形)の問題
まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
私の経験に重ねれば、最初の原稿が法律雑誌に掲載されるときの感覚が似ているかもしれません。自分の名前が、原稿とともに活字となって書店に並ぶとあって、何度も何度も原稿を推敲したときの気分です。特に注目する点は3点です。
1点目は、長さです。
松下幸之助氏は、たった3行なので、私の原稿よりもとても短いですが、私の原稿も、雑誌1頁です。与えられたテーマに対し、書きたいことが沢山ある中、盛り込むことを削って削って削った後、さらに、表現自体も絞って絞って絞りました。限られたスペースに、どのような情報を盛り込むのか、という検討は、自分自身の構成力、想像力、表現力を磨く機会になりました。
2点目は、「周囲から見たときの感覚」です。
これを、私の言葉で言い換えると、読者の気持ちになって読む、という手法です。それも、好意的な読者だけでなく、私の各テーマに縁が薄い読者、悪意を持って誤字や不適切な表現をあげつらおうと狙っている読者など、さまざまな読者を想定しました。
3点目は、「際限がないから、このくらいでやめよう」という感覚です。
これは、上記2を何度もやっていると、例えば「わかりやすい表現」と「正しい表現(揚げ足を取られない表現)」とで、表現が異なってしまうため、読者として想定する人物像によって表現が変わってしまい、結局、全ての読者を満足させることは不可能なのだ、と気づくときがあります。ここまで突き詰めてしまえば、最終的にあるべき表現が一つではないことを、自分自身が納得します。そうすると、この表現にしてしまおう、と腹を括ることができます。逆に言うと、「ここまで検討した」と自分自身が納得できるところまで検討すれば、後は自分の好みでどのように決定しても、それで仕方がないこと、とあきらめもつくのです。
さらに言えば、このように突き詰めてしまえば、後は決断の問題である、というレベルが見えてくる、ということになるのですが、これは、「デュープロセス」の考え方と近いものがあります。すなわち、経営者がリスクを取ってチャレンジするためには、無暗矢鱈にリスクを取るのではなく、「人事を尽くして天命を待つ」と言える程度までは十分検討をし、対策を講じた上で、決断をすべきである、というロジックです。やるだけのことはやったうえでの決断の方が、思い付きで無責任な決断よりも、非難されたり、責任を追及されたりする危険を大幅に減らせます。この「デュープロセス」の考え方と、「際限がないから、このくらいでやめよう」という感覚は、どこか似ているところがあるのです。
きっと、企業広告の作成なども、同じような問題意識で、しかもチームで手分けして、作業を進めていることでしょう。最初の広告だから、印象深かったのですね、手間をかけたのですね、という感想にとどまらず、会社が社外にその思いを発信する場合の教訓を、ぜひ、読み取りたいものです。
2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
投資家である株主と経営者の関係で見た場合、例えば広報や広告など、会社の対外的な関係を担当する機能に関し、ここで検討したような多角的でよく練れた表現ができることが重要になります。経営者の資質として見た場合、合理主義者である松下幸之助氏は、「商品の中身だけで勝負」などのような、融通の利かない職人のような言い方をするのではなく、対外的な印象も大事にしていたことがよくわかります。商品やサービスの品質はもちろん大事ですが、それを広く分かってもらうための広報的な努力も重要であり、そのような機能を理解している(自分が広報のプロでなければ、雇えばよい)ことも、経営者の資質として見極めるポイントなのです。
3.おわりに
この広告が、どのように受け止められるのか、理解してもらえるのか、販売増につながるのか、等をあれこれ考えている松下幸之助氏の様子は、想像するだけでも、とてもかわいらしく、親しみを感じてしまいます。
どう思いますか?
※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。