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あなたに足りない所はわたしが補い、わたしに足りない所はあなたが補う
自分は、誰かが罪を重ねて、その人がその罪に罪悪を感じ心の底から悔い改められたなら、懺悔し後悔し泣き崩れるなら、たった1人としても味方をする。
どんなことがあっても裏切ることはしない。それでも自分は超能力者ではないので、いつ何時どんな時も守るような事はできない、できないが自分は言葉により擁護する。
その言葉が、誰かの心に届くと信じて言葉を尽くし続ける。n国の立花が、またおかしな事を言ったが、それでも自身でそれを撤回し素直に謝罪したと言うなら、自分はそれを受け入れるし、そこまでのことは許す、許すと言うより最初から許している、全ての人を。
自分が指摘するのは不道徳なる行為であり、強い口調で表現するのはその理不尽な行為に対する怒りであり、その原因になった人へ対する怒りではない。だから、その当事者が素直に謝罪したと言うなら素直に受け入れる。
それでも人の心は弱い、だからまた同じ過ちを繰り返す、自分はそのたびに、強い口調でその罪を咎め指摘する。それでも悔い改めるのなら、自分は許すし対立者からの個人攻撃を受けているなら擁護して盾の一部となる。
怒りや憎しみは継続させない、事が終わるなら綺麗さっぱり水に流す。同じ過ちを繰り返すなら、やはり同じく指摘する。
神は善悪の知恵の実を食べた事より、それを食べた罪から逃れるための、互いに責任の擦り付け合いをし言い訳をしたことに憤った。だからアダムとイヴは罰を受け失楽園をした。
それは現在までの左右の対立まで継承されている。右と左による責任の擦り付け合い、右が悪い、左が悪いの争いをいつまでも続ける。お互いを認めることもなく、理解しようとする気もなく、赤と青で分断し対立しこの世界を腐敗したリンゴで埋め尽くす。混沌と不和を広めて世の中の全てを腐らせる。
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なぜ右でなければいけない、左でなければいけない、右の罪は左の罪であり、左の罪は右の罪。「あなたに足りない所はわたしが補い、わたしに足りない所はあなたが補う」
両翼を持った天使は神の道を登り行き、天へと誘われる。神の元へ帰するために、我々の魂は両翼を持つ必要がある。右の翼だけでは羽ばたけない、左の翼だけでは空は飛べない。天の国へ行くには両方の翼が必要、陰と陽の無限回転が必要になる。
人は支え合いながら生きてここまで進化してきた。我々の基礎には支え合う本能がある、だからグループとなり集落を築き、街となり国となり政府を作り社会とするコミュニティーの場所がここに存在する。
全てにおいて支え合い、誰かに足りない所は自分が補い、自分に足りない所を誰かに補ってもらう、それが我々の生き方、運命。
人は1人では生きられない、それは支えられる側、支える側にも言えることで、誰かのために何かをすること、それが愛だから、誰かのために何かをしないと人は生きる意味を失う。空虚な気持ちとなり、無価値と無意味な時間が過ぎ行く。
人によって、それは身近な動物に対する愛情として向けられる。もしもその動物がいなくなってしまったら、他に支え合うための命を見つけたくなる。人は1人では生きていけない、なぜなら、放っておいても愛は蓄積するし、それを消費しなければ淋しくて悲しくなる、苦しくなる辛くなる。
愛が欲しい、愛が欲しいと言うのは、愛を与えたいとする感情の裏返し。愛が無いとは、愛を与える対象がいないと言う事でもある。
愛とは、優しさであり、正義であり勇気であり希望、それそのものが神の心アガペーであり、それが我々が神から与えてもらった尊い永遠となる聖杯の心。
その愛の中で最も特別で重要なのが、男と女の永遠なる誓いとなる美しき恋から育つ真実の愛。それが質量となり、エントロピーを放ち解放するための糧となる。愛は連鎖し必要な場所へと流れ行き、三位一体の流れの中で時代を継承し、その後に新しい生命の夜明けを待ち望む。
我々のメシア、この地球を守る、惑星守となる子供達が未来を継承し、終わりが始まりとなる夜明けが待っている。明けない夜はない、夜は必ず朝となる。
陰があるなら陽がある、地球の回転は時間そのものであり変化でもある。普遍的なるものにある無常は朝を迎えるための夕闇でもある。更なる高見を目指すために、我々は始まりと終わりを繰り返し進化する。進化とは無常そのものであり、終わりが来るなら始まりは必ずやって来る、闇の中にある光がもたらす、新しい生命の夜明けがやって来る。
こんな話をしても、何を言ってるのか解らないと思う。そんな話をしてしまう自分は今まで、極力抑えてきた、独自の表現を。いくら話しても伝わらない内容を語っても、誰の心にも振動しない、振動しないなら形は生まれず、流れを変えるためのメロディーにもならない。
それぞれが持つ音波の形や流れ、物質となるその全てのメロディーは今も未来へと向けて演奏されている。我々は音でもあり、光でもあり、振動でもあり、この宇宙の神、その細胞の中にある小さな小さなシナプスのような存在。最小ミクロは最大マクロと交わる、その行き着く先に神がいる。
自分の中の奥深くに神がいる。だから、神は全ての万物を見通している。