「犯人宅」と「そこへ急行する捜査官たち」を交互に描写することで、捜査官たちが犯人宅に迫っている雰囲気を醸し出す→ところが、じつは捜査官たちは間違った場所に向かっていた
◆概要
映画「羊たちの沈黙」には、【「異なる場所で起きている2つ以上のシーン」を交互につなぐ→意図的に、読者・鑑賞者の誤解を誘う】というテクニックが使われている。
◆事例研究
◇事例:映画「羊たちの沈黙」
▶1
本作の主人公はクラリス(女性、20代後半?)。
彼女は、FBIの捜査官になることを目指してアカデミーに通う学生だ。しかしひょんなことから、とある連続猟奇殺人事件の捜査に加わることになった。
・Step1:クラリスは、クロフォード主任捜査官(クラリスの指導者兼上司)と共に捜査にあたる。
・Step2:いろいろあって……FBIは犯人を特定した。クロフォードがチームを率いて急行する。
・Step3:一方のクラリス。彼女は地道な証拠集めを続けるよう命じられた(犯人逮捕後も、起訴や裁判が待っている。きっちり証拠を固める必要があるのだろう)。
さて。
ここからは、【犯人宅】【犯人宅へ急行するクロフォードたち】【地道な捜査を続けるクラリス】の3つのシーンが交互に描かれることになる。
・Step4【犯人宅】:犯人は、FBIの捜査の手が迫っていることを知らない。彼は趣味の女装をしたり化粧をしたりして、のん気にすごしている。また、犯人にさらわれてきた女性(6番目の犠牲者になる予定の女性)が監禁されている。
・Step5【クロフォードたち】:飛行機やパトカーを乗り継ぎ、犯人宅へ急ぐ。
・Step6【クラリス】:犠牲者の友人に聞き込み捜査をしている。
・Step7【犯人宅】:相変わらずのん気にすごす犯人。と思いきや、監禁されていた女性が隙をついて犯人の愛犬を人質に取った「犬を返してほしかったら私を解放して!」。犯人は取り乱す。
・Step8【クロフォードたち】:いよいよ到着!素早く、しかし犯人に察知されぬように静かに犯人宅を取り囲んだ。そして……宅配便の配達員に扮した捜査官が犯人宅のインターフォンのベルを押した。
・Step9【犯人宅】:ベルが鳴り響く「じりりりり」。犯人はハッとした表情になる。
・Step10【クロフォードたち】:配達員に扮した捜査官がもう1度ベルを押した。
・Step11【犯人宅】:再びベルが鳴り響く「じりりりり」。犯人は慌てて服を着替えると玄関に向かった。そしてドアを開けた。そこに立っていたのは配達員に扮した捜査官……ではない!クラリスだ!!クラリスは笑顔で言った「こんにちは。お邪魔してすみません」。
・Step12【クロフォードたち】:何度ベルを鳴らしても応答がないため、捜査官たちはドアや窓をぶち破って家に侵入した。しかし、そこは空き家だった。クロフォードはショックを受ける。しまった!
▶2
一体何が起きたのだろうか?
映像で見ると一目瞭然なのだが文字だけではわかりづらいと思うので、状況を整理してみよう。
まずは、クロフォード率いるFBIのチーム。
彼らは犯人宅に急行し、犯人宅のインターフォンのベルを押した……ように見えた。しかし実際には、そこは「かつて犯人が住んでいた家 = いまは誰も住んでいない空き家」だった。そう、彼らは誘拐された女性の救出を急ぐあまり、犯人の居場所を読み間違えてしまったのだ。
それに対してクラリス。
彼女は犠牲者の知人に聞き込みを行う内に、偶然にも犯人の家にたどり着いてしまった……!
つまり、
・Step9と11で犯人宅に鳴り響いたベルはクラリスが押したものである(彼女がインターフォンのベルを押すシーンは描かれていないが、配達員に扮した捜査官とほぼ同時刻に彼女もベルを押していたわけだ)。
・Step12の時点では、クラリスはそこが犯人宅であり、目の前にいるのが犯人だとは気づいていない。彼女はあくまでも話を聞くべく立ち寄っただけだ(危うしクラリス!)。
▶3
【犯人宅】と【犯人宅へ急行するクロフォードたち】が交互に描かれれば、誰だって「クロフォードたちは犯人宅に近づきつつあるぞ!」「ふぅ、よかった。監禁されている女性は助かりそうだな」「さぁ、間もなく逮捕だ!」と誤解するはずだ。
まさかクロフォードたちが間違った場所へ向かっているとは思うまい。
そしてこの誤解があるからこそ、Step11(犯人がドアを開ける → そこに立っていたのはクラリスだった!)を見た時、私たち鑑賞者は仰天するのである。「犯人がドアノブをひねったぞ。さぁ、FBI捜査官が格好よく突入して犯人を逮捕するクライマックスシーンの始まり……かと思いきや、えっ。なぜクラリス!?なぜFBIではなくてクラリスがいるんだ!?」と。
そして、多くの鑑賞者はすぐに気づいただろう「そうか!クロフォードたちは間違った場所に急行していたのか!いやぁ、すっかり騙されたな(笑)」。
さらに「って……ヤバい!クラリスはこいつが犯人だとは知らない。このままでは殺されてしまう!嗚呼、どうなってしまうんだ!?」とぐぐっと興味を引きつけられたに違いない。
もちろん、この誤解は意図的に引き起こされたものである。
制作者は、鑑賞者を仰天させたり、鑑賞者の興味を引きつけたりするために、【犯人宅】と【犯人宅へ急行するクロフォードたち】を交互に描き、鑑賞者の誤解を誘っているわけだ。巧い!
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