ダークヒーローはバキュームカーでやって来る|『ああ爆弾』(3)
本記事は、55年前の邦画「ああ爆弾」を徹底分析する特集の……第3回(最終回)である★
●第2回:「主人公が復讐を果たすコメディ」を作る時にはこの仕掛けが使える★
●第3回(本記事):ダークヒーローはバキュームカーでやって来る
第1回からご覧になることをオススメします★
【コメディ要素③】ダークヒーローはバキュームカーでやって来る
三葉「ここまで、作品全体のストーリーや雰囲気を左右する大きな仕掛けをご紹介してきました」
嘉村「ふむ」
三葉「今回は、打って変わって小規模な、しかし強く印象に残るコメディ要素を取り上げたいと思います」
嘉村「承知しました」
三葉「すなわち……『ダークヒーローはバキュームカーでやって来る』!」
嘉村「よくわかりませんが……ええと、まず、バキュームカーというのは……」
三葉「……と、こんな自動車です」
嘉村「なるほど」
三葉「ちなみに、本作が公開されたのは1964年。バキュームカーが街中を走り回っていた時代。当時の観客にとっては馴染み深いものだったと思われます」
嘉村「ふむふむ。……で、誰がバキュームカーに乗ってやって来るんです?」
三葉「順を追ってご説明しましょう。まず、本作のストーリーを復習すると……」
三葉「……という具合です」
嘉村「ええ」
三葉「大作と田ノ上は刑務所の中で知り合いますが、出所後、一度離れ離れになります。大作は組に戻り……」
嘉村「乗っ取られていることに気づいて絶望、復讐を誓うんですよね?」
三葉「そうそう!」
嘉村「ふむ」
三葉「一方の田ノ上はアレコレあって……バキュームカーの運転手に就きます」
嘉村「ほぉ」
三葉「そして……失意の大作の前に、バキュームカーに乗った田ノ上がやって来る。偶然の再会です。大作は喜ぶ」
嘉村「ふむふむ」
三葉「一方の田ノ上にとっても再会は嬉しい。刑務所の中で、子分に加えてほしいと頼んでいたくらいですからね」
嘉村「なるほど」
三葉「そんな2人の再会シーンは、以下のように進みます」
三葉「この後、2人はバキュームカーでドライブし、そこで復讐の計画を練るわけですが……それはさておいて」
嘉村「はい」
三葉「私、このシーンが『超よいなぁ!!』と思うのです」
嘉村「ほぉ」
三葉「失意の大作からすれば、田ノ上は救世主と言ってよいでしょう。組も子分も失った大作にとって、唯一『親分』と呼んでくれる。復讐の手助けをしてくれる。……それが田ノ上ですからね」
嘉村「確かに」
三葉「その救世主がバキュームカーでやって来る!よりによってバキュームカー!!救世主なのにバキュームカー!!!……『これぞコメディ★』って感じでしょ?最高ですよ!」
嘉村「あー、なるほど。そういうことか」
三葉「ただね」
嘉村「ええ」
三葉「上述の通り、バキュームカーは1980年代以降、急激に減少し、いまはほとんど見かけなくなっています」
嘉村「ふむ」
三葉「つまり、現代を生きる私たちにとっては、最早リアリティのない乗り物だと言えるでしょう」
嘉村「確かに。昔の映画や小説の中で見知っているくらいで、現実で見たことはないかも」
三葉「したがって、いくらバキュームカーが面白いと言っても、これからマンガや小説を書く方に『バキュームカーを登場させましょう!ヤクザがバキュームカーに乗って登場したら最高に面白いですよ!』なんて助言差し上げることはできない」
嘉村「まぁ……『コイツ、いつの時代の作品を作ろうとしてるんだ?』って感じでしょうね」
三葉「そこで!今回は、バキュームカーに代わるものを考えてみたいのです。……すなわち、『コメディにおいて、ジャパニーズ・ダークヒーローたるヤクザが乗るべきもの』の研究!」
嘉村「ニッチ!」
アイデア会議、開始!
三葉「さて……何かよいアイデアはありますか?」
嘉村「んー……では、シンプルに普通のセダンはいかがです?」
三葉「つまらん!」
嘉村「……バッサリいきましたね」
三葉「コメディですからね。お客さんに笑っていただかねば!」
嘉村「それでは……大型トラックはいかがでしょう?ヤクザ映画では、抗争の際、組員が荷台に乗り込んで出撃するのがお約束ですよね」
三葉「いやいや、それはいけません。なぜバキュームカーが面白いかといえば、第一に『ヤクザっぽくないから』ですよ。『ヤクザとバキュームカー』という取り合わせのちぐはぐ具合が面白いんですから」
嘉村「ふーむ……それでは暴走族風の改造バイクはいかがでしょう?ヤクザの親分がバイクで走り出したらちょっと面白いと思いますが……」
三葉「面白い!確かに面白い!実際、『こち亀』にそんなネタがあったはずです」
※単行本31巻収録の『バイク時代!の巻』参照。御所河原組の組長・御所河原金五郎之助佐ヱ門太郎の命令で、組員一同バイクに乗ることになる。
嘉村「ほぉ」
三葉「ただね、『バキュームカーの面白さ』と『改造バイクの面白さ』はちょっと質が違うと思うんですよ。『改造バイク』には『不良性』がつきまとう。一方、『バキュームカー』にはそんなものはない」
嘉村「あー、そう考えると別物ですね。『不良性』か……それでは、パトカーなんてどうでしょう?パトカーに『不良性』はありませんよね?」
三葉「そりゃあそうでしょうよ!パトカーに『不良性』があったらこの国はおしまいですよ」
嘉村「『ヤクザ』とは縁遠く、『不良性』もない。……いけるんじゃないですか、パトカー!」
三葉「なるほど。田ノ上がパトカーでやってきたらギョッとしますね。『お前……警官になったの?つい先日まで刑務所に入っていたのに!?』なんて」
嘉村「そうそう。その意外性が面白いかなと!」
三葉「確かにそうなんですが……んー、『バキュームカー』の面白さは、その『日常性・生活感』にあると思うんですよ」
嘉村「『日常性・生活感』?」
三葉「ええ。『私たちの日常に存在し、生活感が漂っていること』……そもそも、『(少なくともフィクションに描かれる)ヤクザの世界』は、私たちにとっては非日常的なものです。『仁義』だの、『切った張った』だの、日常から遠く離れた世界の様子を覗き見する……それがヤクザを扱った作品の面白さでしょう」
嘉村「ふむ」
三葉「そんな非日常の中に、突如日常的なものが挿入される……その異物感!ギャップ!これが笑いにつながると思うのです」
嘉村「あー、なるほど」
三葉「その点、バキュームカー、すなわち糞尿を扱う車……これほどまでに『生活感丸出し』のものはありません。ヤクザとバキュームカーの組み合わせの妙がよいんですよ!」
嘉村「ふーむ、なるほど……『ヤクザ』らしくなく、『不良性』もなく、さらに『日常性・生活感』が漂う乗り物……ママチャリだ!これこれ!これだ!」
三葉「んー……確かに悪くないんですが……ヤクザの親分がママチャリで走ってたら、なんかちょっとほのぼのしてしまうというか……『一度やってみたかったのかな?終活かな?<最高の人生の見つけ方>かな?』って感じがしません?」
嘉村「いや……それはどうなんでしょう」
三葉「なんだかんだ言っても、大作はヤクザです。そして田ノ上はその助っ人。コメディとはいえ、2人はダークヒーローです。したがって、『日常性・生活感』は漂いつつも、『いざとなったら強いんだぜ!』という威圧感、言わば『戦闘力』のある乗り物がよいかなと」
嘉村「んー……注文が多いですねぇ……」
三葉「ここまでの議論を一旦整理してみましょう。すなわち……」
嘉村「なるほど……」
三葉「以上を総合して考えると……」
嘉村「ゴミ収集車!」
三葉「ほぉ!」
嘉村「これだ!」
三葉「確かに『ヤクザ・不良』というイメージはないですね」
嘉村「その一方で私たちの日常に存在するものだし、無骨で強そうな見た目をしていますよね」
三葉「なるほど!」
嘉村「あるいは……」
三葉「幼稚園や保育園の通園バス!」
三葉「これまた『ヤクザ・不良』からは遠く、私たちの日常に存在し、いざとなれば強そうでしょ?」
嘉村「なるほど!……そういえば、『クレヨンしんちゃん』に組長先生というキャラがいますよね。しんのすけらが通う幼稚園の園長先生で、見た目がおそろしく、まるでヤクザなので『組長』と呼ばれている……」
※サムネの右の方、格子模様のスーツを着用しているのが「組長」。
三葉「そうそう!アレは、『幼稚園の先生がヤクザのような風貌をしている』というギャップネタですよね。私たちがいまやろうとしているのはその真逆、すなわち『ヤクザが幼稚園バスを運転している』というギャップネタです」
嘉村「なるほど」
三葉「というわけでね」
嘉村「ええ」
三葉「以上、『コメディにおいて、ジャパニーズ・ダークヒーローたるヤクザが乗るべきもの』の考察でした」
嘉村「(ニッチだなぁ……)」
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「ああ爆弾」の研究はこれで終了です。ありがとうございました。
なお、映画の研究は今後も継続します。どうぞご愛顧くださいませ★
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最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんの今後の創作・制作のお役に立てば幸いです。
(担当:三葉)