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サンダーバードとピラミッド
前回パスタ屋のユニフォームの話で出て来た変な帽子とはGI帽である。サンダーバードみたいな帽子とは書いたものの、若い人には何のことだか判然しないだろう。全体、自分だってサンダーバードはよく知らない。幼い頃にテレビで見て、変な帽子をかぶった人形が動いていたのを覚えているばかりである。
この帽子が最初は大いに恥ずかしくて、勤務中でも極力脱いでポケットに突っ込んだ。いつまで自分はこんな恥ずかしい格好をさせられるのだろうかと先が随分思いやられたが、そういう感覚は段々麻痺してくるので、じきに何とも思わなくなった。
かぶると必ず髪に変な癖が付くから仕事上がりには真っ直ぐ帰る他ないと思っていたが、いつの間にかそれもなくなった。一日かぶっていても髪が変にねじ曲がらないのである。どういう仕組みでそんな風に変わったものか、今でも一向わからない。
ただ、見た目に慣れても髪に癖が付かなくなっても、変な帽子なのには違いない。
「店長、この帽子借りて帰ってもいいですか?」
店を閉めて帰る支度をしている時に山野が言って来た。
「は? そんな物を持って帰ってどうするんだ?」
「エジプトへ持って行きます」
山野は翌週エジプト旅行に行くのだと云って休みを取っていた。
「これかぶって、ピラミッドの前で写真撮りたいんです」
どうです、いい考えでしょう、と云わんばかりの随分得意げな顔をしている。
「ピラミッド?」
「はい。店の宣伝にもなるでしょう?」
「いや、ならんだろう」
「なりますよ」
「エジプトで宣伝されたって、店は日本にしかないのだから困る」
「えぇ、帽子、駄目ですか?」
「いいよ。でも必ず写真撮って来いよ」
それからしばらくぶりに山野が出勤して来て、「店長、これ」と何かを差し出した。見ると果たして写真である。
私服姿で店のGI帽をかぶり、決め顔をしている。背景にはピラミッドが小さく写っていた。
「ピラミッドの前には違いないけれど、随分小さいようじゃないか」
「お前、本当にエジプト行ったのか? これ、おもちゃか何かじゃないのか?」
横から佐藤が入って来た。
「いやいや、佐藤さん、ピラミッドの警備って凄いんですよ。銃持った人が立ってるんですよ?」
「で?」
「あれは近づいちゃいけないって思ったね」
「急にタメ語に変わんなよ」
「いやまじで、佐藤さん、世界には近づいたらいけない場所ってあるし、その一つがピラミッドだと、俺は思ったね」
その写真は従業員室の壁に貼っておいたけれど、しばらくすると失くなっていた。きっと本人が剥がして持って帰ったのだろう。
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