2021年の日記集:ズッ友がいない

【7月27日】

東京に住んでいるという小学校の同級生が、来てくれた。
Facebookか何かでkenohiを知ってくれたようだ。

当時、特に仲が良いわけでも、悪いわけでもなかった。
それでも、わざわざ足を運んでくれて、久しぶりに話もできて嬉しかった。

しかも気に入ってくれたのか、一週間後にまたいらっしゃった。

「変わらないね」

笑ったときの目や、話し方(柔らかさ)が変わっていないらしい。
あの頃は気弱で、なんでもヘラヘラしてごまかして、情けなさの塊のような人間だと思っていたけれど...自分ではわからなかった。

それからも、定期的に彼女はお店に来てくれている。

...

その少し前、とある知人がお店に来てくれた。
仲良くしてくださった、お世話になった方たち。

だけど、どこか違和感を感じながら話す。
何か、合わなくなったと感じる。何を話していいのかわからなくなる。

当たり障りのない、何気ない会話を交わす。
私をピンチから助けてくれたり、いつも支えてくれた方たちと。

いや、待てよ。こんなことは今までも繰り返してきた。
私には、一番の親友がいない。
一番というか、知り合ってからずっと途切れることなく連絡を取る友人がいない。

仮に「一番の親友は誰?」と問われて、せーので口に出して。
お互いだと言い合うことを確信できるような親友がいない。
そんな自分を少し寂しく思うこともあった。

そのときどきで、よくご飯を食べたり、密に連絡をとる相手が違う。
あの時は誰誰と仲良くて、でもまた変わって。
私はそんな感じで生きてきたし、今もそうだ。

いつも気づけば、何があったわけでもなく疎遠になる。
今回のも、そういうことなのかもしれない。

またいつか、想いやタイミングが重なり合う日を待とう。
無理に合わせたり、関係性を保たなくてよいのだ。

いま、重なり合っている人を大事にしたい。
これでいいんだろうか、今はまだわからない。

※この記事は、過去にメンバーシップ内の掲示板に投稿していたものを再編集したものです。

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